混淆する戦前の映像文化 幻燈・玩具映画・小型映画
映像配信はおろかテレビも録画再生機器もコンピュータもなかった100年前の日本人も、自宅で「映画」を楽しんでいた。都市部の富裕家庭に限られてはいたが、大人は小型映写機で自分の撮った映画を見ることに夢中になり、子供たちは映画館上映の終わった断片フィルムを、幻燈スライドや齣フィルム、玩具映画として購入し、玩具の映写機でミニシアターさながらに映し出すことができた。本書は、映画史からは零れ落ちてきた、そうしたもう一つの豊かな映像文化を初めて本格的かつ詳細に論じた画期的な研究書である。
本書は、第一部「映像メディアの大衆化──幻燈全盛の時代」、第二部「子供たちの映像文化──玩具映画全盛の時代」、第三部「アマチュア映画と教育映画のナショナリズム──小型映画全盛の時代」からなる。従来ほとんど未知であった「非劇場型」の映像文化全体に光を当て、明治から昭和戦時下までの幻燈・玩具映画・小型映画という視覚メディアの変遷を、幾多の具体例から実証的に論じる。その実証性を支えているのは、映像文化史家の松本夏樹が半世紀にわたり個人的に蒐集した、膨大な映像機器とその関連資料である。著者はそのコレクションを十数年かけて調査・分析し、エルキ・フータモらのメディア考古学の手法を用いながら、戦前日本の「非劇場型」映像文化の総体を明らかにしようとする。その手つきは堅実ながらときにスリリングであり、各時代の映像文化が読者の目に浮かぶように活写されている。
初期映画研究の観点からは、岩本憲児氏が『図書新聞』2023年3月18日号に詳細な書評を寄せ、本書を「理論的な枠組と実証的で具体的な分析に満ちた労作」として高く評価し、「日本のかつての多様な映像文化をめぐる画期的な研究書」としている。
本書には珍しいカラー口絵や図版が多数あり、専門知識がなくても十分に楽しめるものとなっているので、その道の研究者でなくとも手にとってみてほしい一冊である。
(岡室美奈子)