単著

高橋智子

モートン・フェルドマン 〈抽象的な音〉の冒険

水声社
2022年12月

ニューヨーク・スクールの一員とされる作曲家のなかで、日本において(全世界的に見ても)特に演奏され言及されることが多いのはジョン・ケージであろうが、ケージに次いで演奏されることが多いのはモートン・フェルドマンではなかろうか。そのフェルドマンについての待望といってよい日本語文献が登場した。

年代ごとに代表的な作品とそのスコアが取り上げられ、まさに著者自身が述べているように、「フェルドマン入門」としてふさわしい構成となっている。フェルドマンの作品を時系列に沿って知ることができると同時に、作曲者自身のバイオグラフィー的なエピソードや、周囲の芸術家との関わり、とりわけフィリップ・ガストンとのやりとりが丁寧に掬い上げられている。

本書と別に独立して、著者にはMuse Pressのウェブサイトで2020年から2021年にかけて発表された「あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る」という連載がある。本書と別に独立して、著者にはアルテス社のウェブサイトで2020年から2021年にかけて発表されたという連載がある。内容的に重なるところはあるものの、こちらはウェブサイトの利点を生かし、本文の合間に演奏音源や関連ページのリンクが埋め込まれている。音源を聴きながら同時に文章を読み進めたり、他のページの飛んだりすることによって、読者の理解の道筋がテンポよく作られる。また、引用や魅力的なエピソードが十分な長さとともに提示される。それに比較すると本書は当然のことながらテクストが主体であり、「黙読する」ことが前提とされる記述である。譜例を用いながらの楽曲分析も多く取り込まれており、その実直な手つきが論述を下支えしている。「1950/1960/1970年代および晩年の作品」という全体の章構成は、意識して図式的にしたと思われるが、そのことは数多くの作品を発表したフェルドマンの、作品史全体を捉えるための戦略であろう。「音と音との論理的な関係性を構築しない音楽」(299頁)を実現するためにフェルドマンが用いた図形楽譜や各種記譜法を、著者は実に丁寧に扱ってゆく。

本書をきっかけに、ケージ以外のニューヨーク・スクールの作曲家として、フェルドマンがさらなる一般的な認知を獲得することが期待されよう。しばしば絨毯に喩えられた、「表面」をもつその音楽。フェルドマンは、芸術の形式を「同定不可能なもの、あるいは、それを聴いた時「いったいこれはなんなのか?」と口をついて出てしまうようなものである」(300頁)とする。著者はこの言葉を受けて、聴き手である私たちが音楽を聴く際に、既存の音楽との類似点を探ってしまう危険性を指摘する。新鮮で真摯な耳を我々が持つためにも、今一度フェルドマンの〈抽象的な音〉を聴き直してみたくなる一冊である。

(久保田翠)

広報委員長:増田展大
広報委員:居村匠、岡本佳子、髙山花子、角尾宣信、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年6月30日 発行