大いなる錯乱 気候変動と〈思考しえぬもの〉
インド・ベンガル出身で在米の小説家(『ガラスの宮殿』ほか)アミタヴ・ゴーシュが、シカゴ大学で行った気候変動に関する講演に基づく、「物語」「歴史」「政治」の三部からなるエッセイ集。巻末には日本語翻訳版独自に、訳者による特別インタヴューを掲載。
とかく自然科学や国際政治の問題に還元されがちなところを「気候変動の危機はまた、文化の危機であり、したがって想像力の危機でもあるのだ」と喝破した本書は、「惑星的危機」という難題=挑戦(チャレンジ)を、人文学(ことに文学/芸術創作)こそが取り組むべきものと明確に打ち出したことで、2016年の刊行当初から世界中の読書界で大きな話題となり、昨今の「気候小説(cli-fi)」の隆盛にも一役買うこととなった。
また、社会人類学の博士号を有する学者肌のゴーシュは「現代思想」の動向にも敏感であり、本書でも「オブジェクト指向存在論」「アクターネットワーク理論」「新しいアニミズム」といった新しい思想をふまえつつ、あくまで「アジア」を基盤とする物語作者としての視座から「人間ならざるもの(non-human)」をめぐる独自の思索を展開している。
なお、本書はゴーシュの邦訳としては久しぶりのものだが、これに続いて名作小説『飢えた潮』(2004年)や人新世をめぐる直近の話題作『ナツメグの呪い』(2021年)も、それぞれ異なる訳者・出版社の手によって日本の読者にまもなく届けられることになるそうだ。この世界的作家/知識人の日本での本格的受容は、ここにはじまる。
(三原芳秋)