現代ロシア文学入門
ウクライナ侵攻に先立って、ロシアのメディアには、ウクライナを「ナチス」や「ファシスト」といった第二次世界大戦時の敵のイメージと同一視する言説があふれた。まるで20世紀の戦争をもう一度繰り返そうとするかのように。
このようなアナクロニズムは、しかし既に文学によって先取りされていたといえるかもしれない。1990年代のロシアでは、全盛期を迎えたポストモダニズム文学が、19世紀の、あるいは社会主義時代のリアリズム小説を徹底的に解体しつつあった。しかし2000年代に入ってロシア文壇を席巻したのは、現政権とも近しい関係にあるザハール・プリレーピンらの「新しいリアリズム」だった。このように極端から極端へと揺れ動く現代ロシア文学を、本書は散文や戯曲、詩だけでなく、SFやミステリ、さらには演劇や映画、アートとの関係からも多角的に読み解いていく。
本書に含まれるインタビュー記事や論考のほとんどは、ウクライナ侵攻以前に著されたものだということだが、リアリズムの復権や文学と政治の関係についての議論は、現在の状況を人文学の観点から考える上で極めて意義深い。他方、本書に収録されている小説や戯曲は、いずれも伝統的なロシア文学とも「新しいリアリズム」とも異なる、地方主義やジェンダー論的視点を含んだユニークな作品である。あるいはこれらの作品のなかにこそ、現在ロシアの公的言説が抑圧し不可視化しようとしているものを見出すことができるかもしれない。
(本田晃子)