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コロナ禍の研究発表集会を振り返って

門林岳史

2020年2月にクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で起きた集団感染をめぐるレポート以来、新型コロナウイルス感染症の流行をめぐって活発に発言している感染症専門内科医の岩田健太郎は、コロナ禍以前にすでに「感染症は実在しない」と看破していた(『感染症は実在しない』集英社インターナショナル、2020年/初版2009年)。岩田の考えは、簡単に説明すると以下のようなものである。すなわち、感染症、あるいはより一般的に「病気」と呼ばれる現象は、物理的現実として実在するわけではない。病気は、一定の科学的知識やそれにもとづいた社会的制度や通念などを背景として、はじめて病気として認識される。したがって、新しい医学上の見解にもとづいて、あるいは社会制度の変更によって、今まで病気とされていなかった現象が病気と同定されるようになることは起こりうるし、また、その逆も然りである。

こうした発想は、人文研究における理論的言説を学んできた者にとっては、とりたてて奇抜でも目新しいものでもない。私たちはそれを社会構築主義と呼んできた。だが、社会構築主義的な感染症の理解が、そうと認識されないままに社会に実装されているとしたら、その社会のなかで行動を起こそうとする者にとってはなかなか厄介な事態である。私にとってコロナ禍とはそのような社会であったように思われるし、また、コロナ禍で学術イベントを開催する経験もそのような事態であった。

2022年11月12、13日に表象文化論学会第16回研究発表集会を関西大学で開催した。この研究発表集会で実行委員長を務めた経験を、上に述べた観点からここに書きとめておきたい。本研究発表集会は、関西大学梅田キャンパスを対面での開催地として、一部オンラインを交えてハイブリッドで開催された。会員による研究発表は、対面発表とオンライン発表の両方を募集した。これは、新型コロナウイルス感染症の流行下で対面で発表するのが困難な会員への配慮でもあるが、それ以外の事情でも学会参加のための出張が困難な状況はありうるので、そのことへの配慮でもある。結果的に対面とオンラインをあわせて24本の発表が集まり、それ以外にもワークショップ3件、書評パネル2件と、これまでの研究発表集会と比べてかなりたくさんのセッションを実施することになった。そこで、当初11月12日(土)の1日開催を予定していたところ、急遽2日間の開催とし、1日目を対面でのセッション(シンポジウムおよび一部の研究発表のみハイブリッド)にあて、2日目はフルオンラインで開催することにした。

すべての開催情報が確定し、プログラムを公開した10月半ばは、2022年夏の第7波が収束し、流行状況がやや落ち着いていた頃だったが、冬に向けて再び感染者数が増えるだろうことは当然予想されていた。どれくらいのスピードと規模で次の波が押し寄せるのか、また、それに対して政府と地方自治体、そして大学が示す感染対策の指針はどのようなものになるのか、流動的な状況を追いながら開催準備を進めていかなければならない。今回、対面での開催地とした関西大学梅田キャンパスは繁華街にあるビルキャンパスであり、当初の想定より多くの来場者が見込まれることになっても、それにあわせて大きめの教室を確保することはできない。主な会場とする8階ホールは感染対策下で席数を減らした状態での最大収容人数が160名であり、対面会場での登壇者と実行委員・学生スタッフをあわせた数だけですでに50名を超えるなか、来場者数をコントロールすることがまず第一の課題となった。その結果、来場予定者数を把握するため、そして、何か問題が発生したときに確実に参加者に連絡がとれるようにするために、対面での参加は完全事前登録制とし、参加申込者数が定員を超えた時点で締め切ることにした。

それ以外にも様々に考えるべきこと、準備するべきことはある。消毒液を各会場に設置し、当日体調が悪くなった参加者のために体温計も準備しておく。濃厚接触などの理由で急に対面参加できなくなった発表者のために、すべての対面セッションについてハイブリッド開催の体制を整えておく必要があるだろう。参加者同士の交流を促進するため、名札は準備したいが、来場時に名札に氏名を記入してもらうと受付が混雑するうえに、筆記用具を介した接触が発生しうる(その段階での私個人の見解としては、筆記用具を介して感染が発生することはきわめて稀と思われたが、それを誰もが許容する前提とできないだろう)。そこで、参加予定の会員の名前を印刷した名札を事前に準備しておくことにした。立食形式の懇親会が開催できないのは当然として、休憩時間に飲み物や茶菓を提供することは許容範囲かどうか(実行委員会内での喧々諤々の議論のすえ、なるべく和やかに参加してもらうためにコーヒーと茶菓を提供することにした)。

こうしたことを書き連ね続けることはいくらでもできる。そして、こうした配慮はもちろん、なるべく有意義な催しにしたいという関心と、なるべく感染リスクを低くしたいという関心のあいだで妥協点を模索しながら行うのであるが、そこにひとつの正解は存在しない。新型コロナウイルス感染症の流行状況が、様々な変異体の出現も含めて流動的であることもその一因であるが、それに加えて、どの程度の感染対策が適切とみなされるかについて社会的に共有された認識もゆるやかに変化していくからである。感染症という現実は社会的に構築されており、しかし、その社会的現実そのものも、目に見えないウイルスに似て、明確な輪郭をともなっていない。したがって、例えば学術イベントを開催するにしても、コロナ禍というこの曖昧な現実と果てしないネゴシエーションをしなければいけなくなるのである。

振り返ってみれば、研究発表集会を開催した2022年11月12、13日時点で、日本社会は感染症流行の第8波にすでに差しかかっていたと判断するのが妥当だろう。この波のあいだ、行政による感染対策の強化は特段実施されなかったが、その間の感染症による死者数は少なくとも2万人以上であり、これは日本国内の過去の波のなかで最大である。1日あたりの検査陽性者数のピークも25万人程度であり、過去最大の第7波に匹敵している。陽性者数を全数把握できていない状況を考慮すれば、実際の陽性者数も過去最大であったと想定してよいだろう。もちろん、だからもっと徹底した感染対策が必要だったと言いたいのではない。私自身はそのようなことを判断する立場にはない。だが、第8波が収まり始めるとただちに日本政府は、2023年5月8日以降、新型コロナウイルス感染症の扱いを感染症法上の「5類」に移行させる方針を決定した。事実上のコロナ禍終了宣言と理解してもよさそうなこの指針を、過去最大の流行の直後に示すのであれば、それ以前の厳しい感染対策の妥当性を合理的に理解することは難しい。そのような状況を鑑みるに、コロナ禍が社会的に構築された現実であることはより一層明白であるように思われるのだ。

研究発表集会の実施を担っていた頃のことを思い起こすと、どうしてもそのような暗い感慨が頭をもたげてくる。その一方で、集会の開催自体は、企画委員会、実行委員会、学生スタッフの尽力のおかげで特段のトラブルもなくおおむね成功のうちに終えることができた。心配された対面参加者数については、結果的に定員を超える参加申込はなく、当日の対面参加者も108名と、ほどよく活気に満ちていながら会場定員内に十分に収まった。それに加えてオンライン参加者が244名おり、本学会の研究発表集会としては大盛況だったと言ってよいだろう(事前登録制は準備が煩雑だが、参加者数の正確な記録が確実に残るのは利点である)。ひとつ反省点を挙げるとすれば、1日目の対面開催と2日目のオンライン開催の両方に参加した人数が存外に少なく、実質的には2つの独立した学術イベントを連続して開催したと言っても過言ではない状況だったことがある。表象文化論学会では、コロナ禍が収束した後もオンラインでの学術イベントの開催を何らかのかたちで継続することを検討しており、現在、理事会のもとで議論が進められている。今回の研究発表集会のハイブリッド開催の経験を活かし、より多くの会員にとって有益で、なおかつより効率的なかたちでオンライン・イベントが継続的に実施されることを期待したい。

広報委員長:増田展大
広報委員:岡本佳子、髙山花子、福田安佐子、堀切克洋、角尾宣信、居村匠
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2023年2月22日 発行