単著

多賀茂

概念と生──ドゥルーズからアガンベンまで

名古屋大学出版会
2022年3月

著者自身が「はじめに」の註で述べるように、現代思想のさまざまな概念をあつかう本書はいわゆるアカデミックな著作をめざしたものではない。もっとも、そうした一種のアマチュア精神の宣言はあらかじめ批判を封じるエクスキューズではない。たしかにその論述は、先行研究の可能なかぎり網羅的な調査と整理のうえで新たな論点(いわゆる「独創性」)を提示するというオーソドックスなスタイル──既存の議論との「差分」が問われ、あまりに素朴な出発点には疑念が差し挟まれ、重大な遺漏には誠実な応答がもとめられる──というよりも、著者自身の生において引き受けられている。しかしこれが意味しているのは、たんに個人的体験が織り込まれているという以上に、数多くの一次文献や二次文献に取り組み、時間をかけるのを厭わずに、自分がほんとうに心の底から納得できるまで、つまり「世界が違って見える」まで考え抜かれているということである(意味ありげな美辞麗句をゆるさない姿勢のゆえに本書はいわゆるフランス現代思想──ドゥルーズやフーコーだけでなく、バルトやラカン、ガタリ、さらにはアガンベンも──の入門書としても好適だろう)。本書の語り口は知的な誠実さを高める方向ではたらいている。

本書の稀有な点は、なにより著者自身が納得できるまで考え抜く姿勢にある。アカデミックな観点からみれば「型破り」な本書は、しかしこの姿勢のゆえに、自身の専門にあぐらをかくことなく、先人の教えを請いながら、新たな領域をみずからの足で進んだ記録となっている*1。読者はその足跡をたどることで、専門領域を横断するアマチュア精神──これこそ哲学的思考の原型にほかならないはずだ──を学び取ることができるだろう。

*1 著者の専門分野はフランス文学だが、1989年にパリ大学(ソルボンヌ)に提出された博士論文(Les Théories de la versification française au XIXe siècle)がフランスにおける詩法の変遷を当時の資料の調査を通じて明らかにするフーコー的な試みであったことを考えれば、そもそも専門分野においても「型破り」な精神が存分に発揮されていたと言える。

(宇佐美達朗)

広報委員長:増田展大
広報委員:岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年10月23日 発行