単著

鯖江秀樹

糸玉の近代 二〇世紀の造形史

水声社
2022年4月

本書は著者二冊目となる単著である。前著『イタリア・ファシズムの芸術政治』で、ドイツ・ナチズムとは性格を大きく異にするイタリアの屈折した事情の襞に分け入った著者は、今回さらに批評的なタクティックスを磨きながら、彫刻家ウンベルト・ボッチョーニや建築家アダルベルト・リベラのこれまで閑却されてきた局面に新たな光を当てる。その意味で本書は、前著の発展的な延長線上に位置づけられるだろう。だが、それだけではない。今回はもっと広い領域、写真やデザインや万博、さらに文学までも視野に入れながら、モダニズムがもたらした成果と問題点を改めて洗い直す内容となっている。

本書は全四部からなる。ほぼ年代順に第1部「芸術──未来派の知覚」、第Ⅱ部「万博──うたかたの都市」、第Ⅲ部「建築──後期モダニズムの消息」、第Ⅳ部「技芸──かたちの声」と銘打たれている。ご覧のように、第Ⅲ部までは著者が主に専門としてきたイタリア近現代美術を対象としているが、第Ⅳ部は最近の関心の広がりを裏づけるような内容に仕上がっている。ここで論じられるのは、グラフィックデザイナーの戸田ツトムを筆頭に、中野祐介やリュウ・リケツや髙畑紗依ら気鋭のアーティストたちで、これらに注がれる眼差しには、イタリア美術の経験が生かされている。

だが、やはりそれだけではない。この第Ⅳ部を、ひいては本書全体を独特のものしているのは、わたしの見るところ、「横井庄一考──生存のためのデザイン」と題された第10章である。横井庄一といえば、戦後二十数年経って1972年にグァム島で発見されて帰国した旧陸軍の軍人で、わたしはそのときのニュースを今でもはっきり覚えている。その横井が極限状態のジャングルのなかで生き抜くために案出し製作したさまざまな「モノ」たちに、温かくも鋭い分析を加えるこの章は、持続可能性などといったお仕着せの生ぬるいスローガンよりも、はるかに根源的な問いをわたしたちに投げかけないではいない。

(岡田温司)

広報委員長:増田展大
広報委員:岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子、堀切克洋
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年10月23日 発行