クリティカル・ワード ファッションスタディーズ 私と社会と衣服の関係
本書は、文化や芸術などにおける基礎的な事項を広く解説するフィルムアート社の入門書「クリティカル・ワード」シリーズの一冊である。これまでにはファッションスタディーズを含め、文学理論、メディア論、現代建築をテーマにした計四冊が刊行されている。編著者である蘆田裕史氏が「はじめに」で述べるように、ファッションはあくまで研究の対象であり、ファッションスタディーズには固有の方法論がない。それゆえに、あらゆる学問領域からの問いや理論が用いられている。本書の目的は、そのようなファッションスタディーズの入門書として「多様な視点やアプローチを提示すること」である。
本書の第一部「理論編」では、「流行」、「メディア」、「身体」など八つのテーマに沿ってファッションを論じるための理論的枠組みを紹介している。ここでは従来の研究で用いられてきた基礎的な理論的枠組みのみならず、テクノロジーなどの発展によって変わりゆくファッションのあり方や新たな理論にも言及し、過去から現在までの蓄積を概観できる。続く第二部「事例編」では、五つのテーマに沿った十五の個別具体的なトピックを説明する。扱うトピックは「民族衣装」、「ルッキズム」、「映画と衣裳」、「コピー」など多岐にわたり、ファッションを取り巻く複雑に絡み合った問題を考えるための道筋を示すような内容である。そして第三部「ブックガイド」では、哲学、社会学、記号論、ジェンダー論など各々の学問領域においてファッションを分析するための重要文献を紹介する。初学者にとっては、自分の問いに対する切り口を提供するものとなるだろう。
ファッションスタディーズは、ひとつのまとまった学問体系でないということは先述の通りである。とりわけ日本における衣服に関する研究は、衣服それ自体を扱う被服学や家政学、そこから派生した服飾史に膨大な蓄積がある。こうした領域をどう位置付けていくかは本書で議論されなかった課題のひとつだろう。このように、学術分野としてさらなる進展をするには、未だ課題が残されているように思う。しかしながら、本書の刊行は、昨今の日本におけるファッションスタディーズの盛り上がりを証明するものだ。
ここ何年かで日本のファッションスタディーズを取り巻く環境は大きく変わってきたように思う。方法は違えど、同じ対象を議論できる喜びは大きい。それはひとえに、ファッションを対象とした研究に携わる方々、本書をつくりあげた編集者や執筆者の方々が、これまで着実に成果を積み上げてきたことによる。そうした成果を振り返りつつ、社会と共に変わりゆくファッションにこれからも臨みたいと思う。本書が、ファッションスタディーズに足を踏み入れたいと考える全ての人へ届くことを願って。
(鈴木彩希)