ドガ ダンス デッサン
『ドガ ダンス デッサン』──書名に不思議なリズム感のあるこの本は、フランスの詩人ヴァレリーが、ドガのデッサンのかたわらに、気ままに文を綴った本である。原書は一九三七年刊、吉田健一や清水徹などの翻訳によって長年愛読されてきた。
ところが、ドガのどのようなデッサンとともに、ヴァレリーが文章を記していたのかは、長いあいだ謎だった。初版のヴォラール版は豪華な美術書で、入手が困難だったためである。二〇一七年、オルセー美術館がこの幻の美術書をめぐる展覧会を開催したことで、状況が変わった。ドガの没後百周年を記念する展覧会をきっかけに、初版復刻版が出版されたのだ。
画商、そして作家でもあった出版者アンブロワーズ・ヴォラールは、ある確かなリズムと構成によって、本全体を組み立てている。ジョルジュ・オベールの木版画による素朴な複製と、モーリス・ポタンの銅版画による色鮮やかな複製の組合せは、ヴァレリーの文章だけではわからなかった、ヴォラールの旧友ドガへの思いの深さをよみがえらせる。この本は何より、亡き友人に捧げる、一人の美術商の制作した記念碑なのだ。
ヴァレリー自身、自らの思い出や考察だけで満足せず、マラルメ、ベルト・モリゾ、ドガの唯一の弟子だったエルネスト・ルアールなどの証言を積極的に取りいれている。ドガという画家のまわりに、言葉とデッサンによる輪舞がどこまでも広がっていく本である。
(塚本昌則)