ラディカント グローバリゼーションの美学に向けて
『関係性の美学』で知られるキュレーター、ニコラ・ブリオーの初邦訳書。本書でブリオーがテーマとするのはグローバリゼーション時代における芸術作品である。グローバル化が進み、人やモノの流動性がますます高まる現代の芸術をいかに考えるか。ブリオーによれば、キーワードとなるのは「ラディカント」である。つる植物のように移動しながら根をのばし、環境に適応しつつ生長する植物を形容するこの言葉にブリオーは、グローバルな移動や異文化との対話が恒常的なものとなった現代人のありようを透かし見る。ラディカントは、なによりも移動の痕跡を強調し、また主体とそれが横断する表面との対話的であったり相互主体的であったりする交渉/翻訳を強調する。その際主体は、ある状況や場に一時的な仕方で身を置き、この仮住まいの結果をアイデンティティとする。それは一種の仮設的なアイデンティティである。既存の構造に一時的にとどまるなかで主体は、これまでの移動の痕跡を現地の言葉に翻訳することと、自我を環境に翻訳することという二つの意味での翻訳行為を行う。ラディカントな主体は、この仮設的なアイデンティティ間の果てしない交渉/翻訳の過程としてあらわれるのである。本書は、以上のように特徴づけられる現代の主体にとって、芸術がいかなるものとしてたちあらわれるのか、広範な観点から検討する。
(武田宙也)