ダンスの起源
Pascal Quignard, L' Origine de la danse, Editions Galilée, 2013の全訳。2016年より開始された〈パスカル・キニャール・コレクション〉の一冊として刊行された本書は、フランスを中心に活動したカルロッタ池田(1941-2014年)との公演『ギリシャ悲劇 メディア』の台本として書かれたテクストを「母胎」としながら、縦糸としてキニャール自身の体験を、横糸として「母と子」や「性」をめぐる古今東西の神話や伝承、そしてそれらに対する著者の考察を紡ぎながら構成されている断章形式の一書である。
キニャールは舞踏ではなくダンス全体の起源に、決定的に失われてしまったがゆえ、わたしたちが接近不可能であるはずの胎内の、そして誕生の経験を見ている。いわば、人間の人間性を再検討するべく、その準備段階の独自で唯一的な──〈内〉と〈外〉の──臨界的な経験へと迫ろうとする。キニャールにおける「起源」は、このような欠落のイメージそのものであり、その欠如を埋めることこそ、テクストが紡がれる必然性へとつながっている。
ダンス最大の敵は、空気中においてしか成立しえない「言語」である。羊水のなかの数ヶ月間から生誕に至るまでの経験は、言語を通じて、どこまでも失われつづけていくからだ。言語に先立つのは「沈黙」であり、ダンスは言語に属するものではない、というのが著者のテーゼのひとつ。「わたし」という主体が形成される以前の、わたしならざるわたしの身体を「回復」しようと努めるのが、彼の舞踏=ダンス論であり、それに身体ではなく言語によって迫ろうとする不可能な試みこそが、本書の醍醐味となっている。
(堀切克洋)