単著
存在の冒険 ボードレールの詩学
水声社
2022年1月
シャルル・ボードレールの照応世界は《声》によって貫かれ織られながらも、そのような《声》の死=パロールの崩壊によってこそ散文詩=都市空間の非連続性/重層性を窮め実現していた━━1975年10月にこれを書きはじめ、同年12月24日に修士論文として提出した当時25歳の筆者は、「生の後に来るはずの死がすでに生そのものの内部に刻み込まれて」いると悟ってしまった19世紀の詩人の「存在の冒険」にみずからもまた身を委ねエクリチュールを加速させ、韻文ではなく散文を書くことの本質に迫っている。駒場寮跡に建てられた生協のコピー機で2021年1月20日に原本を複写した私は知っている、やさしくやわらかくこのうえなくまあるい手書きの文字たちのぎっしりつめこまれた、査読用だったのだろう、ときおり鉛筆でメモや印の書き込まれた1行30字のふしぎな原稿用紙の束、その勢いある質感、手触りが物語るのは、これは論文ではないのではないかという問いかけそのものを即座に退けるクリティークの強度であって、書物というかたちを得たそれがわれわれに響かせ送り届けるのは、みずからを破砕しながら手ずから紙に刻まれる生の痕跡、秘密の奇蹟が、今日どれほど稀有になってしまったのかを問い抉る哀切の叫びであるということを。
(髙山花子)