単著

土居伸彰

私たちにはわかってる。アニメーションが世界で最も重要だって

青土社
2021年11月

ここ約十年のあいだ、世界で生まれたアニメーション作品について、そして、死去したアニメーション作家について、土居伸彰が書き継いできた論集である。配給・製作会社ニューディアーを率いてアニメーション・シーンにコミットしてきた筆者ならではの体験的な語りに強く引き込まれる

「二〇一七年九月一九日、ブラジルのアニメーション監督アレ・アブレウと共に、東小金井駅に降り立った。東京にいるとはとても思えない牧歌的な時間の流れるその場所で、アブレウとともに駅前の中華屋で油そばをすすりながら、僕はなんとも言えない気持ちになっていた」(326頁)。

高畑勲追悼文は、このようにいくつもの地名を散りばめつつ始まる。アブレウは、ニューディアー配給第一回作品『父を探して』の監督。高畑を崇拝するアブレウの願いを聞いて、土居は、あのスタジオ・ジブリへ、彼に会いにゆくことになった。「僕」が「なんとも言えない気持ち」になったのはなぜか。そのきわめて興味深い事の次第はぜひ本文を読んで確かめていただきたいが、このくだりだけでなく、ほかのどの箇所からも、アニメーション史の遠近感や広がりが、さまざまな情動のニュアンス(憧憬、反発、高揚、寂しさ、等々)とともに立ち上がる。

本書の題名は、シアトルで孤独な創作活動を続けた特異な作家・ブルース・ビックフォードの言葉を一部変更したものなのだそうだ(もともとYou and Iが主語だったのが、「私たち」になった)。ビックフォードの旅先案内人として、土居が、彼とともに過ごした日々の記述が深く印象に残る。

「高松滞在の最終日、昼間が快晴だったので、会場近くの瀬戸内海を見にいった。「ブルース、茶色い灯台があるね」「目が悪いから見えない」「ブルース、潮の香りがするね」「私は鼻があんまりきかないんだ」なんだか漫才みたいな掛け合いをするなかで、「ブルース、海は好き?」と聞いたとき、「私はすべてが好きだよ」とボソリとつぶやき踵を返してタクシーへと向かうビックフォードの後ろ姿を見て、僕は思わず少し泣いてしまった」そう、「すべて」なのだ」(167頁)。

情報を取捨選択するフィルターなしで、「すべて」を等価に見つめる、ピックフォードの異様なまなざしのありように、土居は間近で触れる。また、そのようなまなざしとともにしか生きられないことのやっかいさ、哀しみを深く理解し、身震いすることにもなる。土居がこの本で取り上げる作家たちは、あまりに個性的な世界を、アニメーションによって実現し、それゆえに、閉じており、たがいに隔たっている。本書が示すのは、「私たち」のどうしようもなく閉ざされた「世界」の複数性であり、それらのあいだで筆者が身をもって生きたいわば「世界間旅行」の記録だ。アニメーション論はそのようにしか書かれえない、とおそらく確信する筆者による、稀有な美しい本である。

(三浦哲哉)

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年6月30日 発行