『ドストエフスキー 表象とカタストロフィ』
作家の生誕200年にちなんで、2021年には日本でもいくつかの論文集/雑誌特集号が刊行された(井桁貞義・伊東一郎編『ドストエフスキーとの対話』水声社、『ドストエーフスキイ広場』第30号、『現代思想』12月臨時増刊号)。亀山郁夫が中心となって編まれた本書『ドストエフスキー 表象とカタストロフィ』もそのひとつだが、そこに多少なりとも際立った特徴があるとすれば、まずは執筆者とテーマの拡がり、それに、若干の構成上の工夫ということになろうか。日本人に偏することなく、デボラ・マルティンセン(本書が刊行された2021年11月に惜しくも逝去された)、ステファノ・アローエ、パーヴェル・フォーキンといった海外の研究者による講演の邦訳が収録されていること、近年のアダプテーション研究の興隆をうけて、ウッディ・アレンやブレッソンやベルトリッチの映画、プロコフィエフのオペラ、福田恒存演出の芝居などが取り上げられていること、創作ノートのグラフィックスや、ロシアの学校教育におけるドストエフスキーの教材化といった新しいトピックスが登場していることなどが眼をひく。構成上の工夫に関していえば、海外三氏の報告に対する日本人執筆陣の「コメント」が付されているのは、じつはけっこう珍しい試みかもしれない。なかでもフォーキン氏の報告には、望月、越野、番場、亀山、木下の五名が、よってたかって好き勝手なことを書いていて、科研費の消化のためになかば義務的におこなわれることの多い海外研究者の招致も、ちゃんとやれば、それはそれでなかなか面白いことができるのだと思わせてくれる。
(番場俊)