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望月優子と左幸子 女優監督のまなざし

報告:辰已知広

【日時】2021 年8月29日 (日)11:30-18:00
【場所】国立映画アーカイブ 小ホール
【プログラム】
11:30-11:35 挨拶、イントロダクション
11:35-12:25 『同じ太陽の下で』(望月優子監督、1962年)上映
休憩
13:30-14:59 『海を渡る友情』(望月優子監督、1960年)、『ここに生きる』(望月優子監督、1962年)上映
15:10-17:02 『遠い一本の道』(左幸子監督、1977年)上映
17:10-18:00 トークセッション 登壇者:斉藤綾子、鷲谷花


2021829日、国立映画アーカイブ小ホールにて、上映会「望月優子と左幸子 女優 監督のまなざし」が開催された。新型コロナウィルスが引き続き流行するなか、入場定員数を本来の半数に抑え、ウィズコロナ状態における上映の在り方を模索しつつ行われた。

本上映会は、名女優として数多の作品に出演し、戦後の日本映画史に名を刻んだ望月優子と左幸子、この二人がカメラの背後に廻って監督した作品を通じて、映画の作り手としての女性について改めて考えることを企図したものである。当日は、企画者の一人である木下千花 (京都大学)によるイントロダクションに始まり、二人による4本の作品が上映されたのち、 斉藤綾子(明治学院大学)と鷲谷花(大阪国際児童文学振興財団)によるトークセッションが行われ、幕を閉じた。

日本の映画製作会社では永らく男性優位が当然視され、助監督への道は大卒男子にしか開かれていなかった。日本初の女性監督と言われる坂根田鶴子は満州映画協会で複数の監督作品を完成させたものの、敗戦を機に日本へ帰国してからは二度と監督業に就くことができなかった。そのようななかで、女優としての経験から映画産業の仕組みを熟知し、技術者の信頼を得て監督作品を残した女性たちがいた。その最初の一人は田中絹代であり、その動きに続いたのが望月優子、そして左幸子である。

望月は生前、3本の監督作品のほか、テレビ番組の演出も手掛けたが、本上映会は3本すべ てが鑑賞できる貴重な機会となった。最初に上映された『同じ太陽の下で』(1962年)は、 在日米軍兵士と日本人女性との間に生まれた少年と、彼が通う小学校での出来事を描く。少 年を差別する同級生の母親たちに、少年を受け入れるよう説得する教師、少年との間に軋轢を起こす子供たちの様子が描かれ、当時は珍しかった所謂「混血児」への寛容を訴える。一方の『海を渡る友情』(1960年)は在日朝鮮人の帰国事業をテーマとし、朝鮮民主主義人民共和国への帰還を望む夫と、日本で生まれ育ったがために難色を示す息子や日本人妻との間の葛藤を浮き彫りにしつつ、「祖国」へ帰ることを後押しするメッセージを打ち出した。 そして最後の『ここに生きる』は全日本自由労働組合に委託され、緊急失業対策法改正案に反対することを目的に、日雇い労働者やバーに勤める女性、当時の子供たちの日常をドキュメンタリータッチで映し出した。

左幸子による長編映画『遠い一本の道』(1977年)は、国鉄労働組合による全面協力のもと、一流のスタッフを擁して製作された大作である。左自身も妻役で登場するこの作品は、国鉄で働く夫、組合の補助的作業や内職で家族を支える妻を中心に、機械化の波により苦境に立 たされる国鉄労働者や、内部分裂による人間関係の亀裂などをシビアに現す。また、左自身が行った国鉄に関係する女性たちへのインタビューを基に、彼女たちの生の声も挿入され、 昭和の一時期を鮮烈にフィルムに刻印した内容となっている。

トークセッションで望月優子について語った鷲谷氏は望月の作品について、「何らかの主張 の〈正しい道筋〉を教育・宣伝する目的で製作された」とした上で、望月が時には「正しさ」 から逸脱した女性たちや子供たちに関心を寄せ、彼女たちを独自の視点でフィルムに収め たところに、望月の個性が見えると発言した。また左幸子について斉藤氏は、「〈女優〉というカメラの前で仕事をする女性労働者がカメラの後ろに回った時に見えてくる〈社会的主体〉の一員として、映画製作を労働と芸術表現との折衝の場と捉え」ていたとし、芸術家=アーティストであろうと努める男性監督との対照性について述べた。

#MeToo 運動に端を発した映画産業界の地殻変動から数年がたった現在、女性の主体性にスポットライトを当てる傾向は今後も続くとみられる。「女優監督のまなざし」と題された今回の上映会は、女性監督がどのような視点で表現活動を行ったかをテーマとし、映画史の中で注目されてこなかった女性映画人に関する、示唆に富む内容となった。上映会場となった国立映画アーカイブをはじめ、開催にご協力いただいた方々、上映会に出席された観客の皆様に、この場を借りてあらためて御礼を申し上げたい。

(辰已知広)

*本上映会はJSPS科研費 20H01200(「日本における女性映画パイオニア:フェミニスト映画史の国際的研究基盤形成」、代表:木下千花)の助成によるものである。

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2022年3月3日 発行