翻訳
ベケット氏の最期の時間
早川書房
2021年7月
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著者のマイリス・ベスリーは、さまざまな文学作品を散りばめながらベケットの晩年を描いたこの作品によって、華々しい作家デビューを果たした(2020年度のゴンクール賞最優秀新人賞)。
劇作家サミュエル・ベケットの妻シュザンヌが他界したのは、1989年7月17日のことだった。ベケットの目線からその最晩年を描くこの小説は、そのおよそ一週間後からはじまる。ベケットが息を引き取るのは、同年12月22日のことである。
本書の魅力は、すでに読解の難しさを予感させる、晦渋な「顔」をもつノーベル賞作家の「素顔」を、フィクションとはいえ、実際の出来事に寄り添いながら、生き生きと描き出していることだ。読者は、晩年のベケットの「意識の流れ」に身を置き、皮肉っぽい「語り」に耳と傾けながら、彼が生涯を通じて見てきた〈世界〉へと誘われる。
著者は、まるでベケットが描く道化のように、ベケットを描き出したかったと述べている。本書に登場するベケット(83歳)は、入居している養護施設の浴槽から出るのも一苦労だが、これは多くの読者の「未来」の姿でもあるだろう。
(堀切克洋)