イギリス美術叢書VI エロスとタナトス、あるいは愉悦と戦慄 ジョゼフ・ライト・オヴ・ダービーからポール・ナッシュへ
本書は『ヴィジョンとファンタジー──ジョン・マーティンからバーン=ジョーンズへ』『フィジカルとソーシャル──ウィリアム・ホガースからエプスタインへ』『デザインとデコレーション──ウィリアム・ブレイクからエドワード・M・コーファーへ』『ランドスケープとモダニティ──トマス・ガーティンからウィンダム・ルイスへ』『メディアとファッション──トマス・ゲインズバラからアルバート・ムーアへ』と意欲的に巻を重ねてきた<イギリス美術叢書>の6冊目である。
今回のタイトル「エロスとタナトス」は、既刊5冊の凝った対句に比べ、人口に膾炙しすぎていると思われるかもしれない。しかし編者の山口は「プロローグ」で「イギリス美術にエロスとタナトスを追跡するのはむずかしいと思うかもしれない」と断っている。宗教改革に端を発しヴィクトリア朝にいたるイギリス社会の規範は禁欲と道徳であり、「エロスとタナトス」の出番はなかったのだ、と。とはいえ「健全さが統べる社会においても、エロスとタナトスは粛清されることなく、地下に潜った」。したがって「イギリス美術にエロスとタナトスの現れを見つめることは、必然的に「美」と、それに影のようにつきまとう潜在するものとのからみあいを目撃することになる」。
換言すれば、「エロスとタナトス」という視点によって、本書収録の諸論考は「イギリス美術のイギリス性」(ニコラウス・ペヴスナー)の自明性を問い直そうとしているのだ。例えば編者によるウォルター・シッカート論は、画家の描く身体の物質性を鮮やかに示し、その見事な実践になっている。
(大久保譲)