シンポジウム オーディオヴィジュアルの歴史における「アニソン(1960/1990)」 :テレビまんが・音盤・ノスタルジー
日時:2021年7月3日(土)13:00-15:30
問題提起:石岡良治(早稲田大学)
パネリスト:
輪島裕介(大阪大学)
石田美紀(新潟大学)
コメンテーター:細馬宏通(早稲田大学)
司会:橋本一径(早稲田大学)
シンポジウムはまず、石岡からの問題提起に始まり、輪島、石田の順で発表が行われた。
輪島発表は、1960-70年代のテレビアニメ主題歌を題材に、単なる音楽史ではなく、メディア史、産業史を掘り起こす試みだった。まず、前史として1950年代以降の三木鶏郎をはじめ冗談工房、三芸などCMソングの制作者たちの存在が指摘された。音楽の流通経路としてソノシートの登場、それが朝日ソノラマのような「雑誌」と合体したことからわかるように、1960年代はアニソンは新しい音楽メディアの台頭ともリンクしていた。また、新しい歌い手や作り手の登場や、オバQ音頭の大ヒット、少年マガジンの劇画路線と脱手塚アニメの音楽の結びつき、現実の歌手とのリンクなど、さまざまな音楽にまつわる社会現象が紹介された。1970年代になると「マジンガーZ」と宙明節に代表される、ロボットアニメと二六抜き短旋律の定型が生まれる一方で、子ども向け番組などを中心に子供の歌の幅が拡大していく。一時間の発表に幾重ものメディア史が折りたたまれる濃厚な内容だった。
石田発表では、1980年代のアニメを対象に、作画→音声という従来のアニメーション制作の常識とは異なる、音声→作画という影響関係について、オープニング/エンディング・テーマを題材に考察が行われた。日本のアニメでは、音声はアフレコで行われるが、オープニング・エンディング・テーマは、あらかじめ楽曲が録音されたあとにアニメーションがつけられる、いわゆるプレレコで制作される。このため、アニメーションは、楽曲のさまざまな要素を手がかりに音楽と映像の同期を達成することになる。石田はとくに歌詞の一部にアニメーションを合わせる「スポッティング」に注目し、リミテッド・アニメーションと歌詞の同期によって、ディズニー・アニメーションなどとは異なる表現が可能になっていることを、事例を挙げながら考察した。また、エンディング・テーマが、オープニングの制約から解き放たれ、本編の物語を補完したりそこから逸脱するような実験場となっていたことも示された。
これらを受けて、細馬が1960年代に子ども時代を過ごしたものとして、当時のアニソンの音楽性がいかに子どもにとって難しいものであったか、にもかかわらず音声と動画との同期によって、それをすんなり受け入れることができたかについて、実例を挙げながらコメントした。
また、石岡のコメントでは、アニソンの繰り返し性が独特の受容を生んでいること、世代によって実は受容のあり方がかなり異なること、また、ヘンリー・ジェンキンス「コンヴァージェンス・カルチャー」やマーク・スタインバーグ「なぜ日本は〈メディア・ミックスする国〉なのか」との関連も指摘された。
その後、カラオケがアニソンにもたらした影響、同期のゆるい動画と音楽の関係(AMVなど)の重要性、キャラソンの魅力と、キャラクターと声優とのずれの問題など、多岐にわたる議論が繰り広げられた。アニソンを考える上では、音楽、動画にとどまらず、メディア産業の重要性や、歌手の身体性、歌い直すことによって受け手が担う身体性までが射程に入ってくるということを改めて実感させる、刺激的なシンポジウムであった。
(細馬宏通)
シンポジウム概要
かつては鳥の鳴き声の先には必ず鳥がおり、笛の音色が聞こえればそこにはいつも笛吹きがいた。「オーディオヴィジュアル」という言葉が倒錯的であるのは、もともとは不可分のものであったはずの「音」と「映像」が、録音技術の登場によって切り離されたことを前提としつつ、それらを再び結びあわせようとするものだからである。アニメーションの歴史とともに、オープニングやエンディングの映像における独自の文法を発展させてきたアニソンを、表象文化論的な観点から考察するためには、そのようなオーディオヴィジュアルの根本的な倒錯性を念頭に入れておく必要があるだろう。アニメーション映像の「添え物」扱いされることもあったアニソンが、MTV放映開始以後に躍進を遂げたミュージック・ヴィデオと同様に、ポピュラー音楽において中心的な役割を果すようになったことは、これまでの音楽がむしろ「音」のみに還元されすぎてきた事実を、逆照射的に明らかにしているのかもしれない。あるいはかつてはアニメキャラクターの背後で純粋な「声」のみの存在であることを求められた声優が、歌い手としても脚光を浴びるようになって久しい今日では、「声」と「歌」そして「映像」との関係性が、改めて問われているのだとも言えよう。本シンポジウムは、アニソンをこのような20世紀以降のオーディオヴィジュアルの歴史の中に置き直すことで、インターネット時代を迎えてますます結びつきを強めつつある映像と音楽の関係を改めて考察するための、新たな視座の獲得を目指すものである。