第15回大会報告

書評パネル 現代日本とアジアにおける『コンヴァージェンス・カルチャー』

報告:門林岳史

日時:2021年7月4日(日)16:00-18:00

【発表者】
平井智尚日本大学
陳怡禎日本大学
倉橋耕平創価大学

【コメンテーター】
阿部康人駒澤大学
北村紗衣武蔵大学

【組織者/司会】
渡部宏樹(筑波大学

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Henry Jenkins, Convergence Culture: Where Old and New Media Collide (NYU Press, 2006)は、現代のメディア文化の重層性を捉えるべくメディア・コンヴァージェンスやトランスメディア・ストーリーテリングといった概念を提案し、近年における北米のメディア研究に大きな影響を与えてきた重要な研究書である。表象文化論学会第15回大会では、その待望の日本語訳『コンヴァージェンス・カルチャー──ファンとメディアがつくる参加型文化』(2021年2月晶文社刊)が刊行されたことを記念して書評パネルが開催された。翻訳において中心的な役割を担った渡部宏樹の企画による本パネルは、ジェンキンズの研究に触発されながら日本やアジアの現代的な事例について研究している平井智尚、陳怡禎、倉橋耕平を発表者として迎え、共訳者の阿部康人と北村紗衣がコメンテーターを務めるかたちで進行された。

パネルでは最初に渡部宏樹からジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー』の概要が紹介された。ジェンキンズ自身が簡潔に定義しているように、メディア・コンヴァージェンスとは、(1)多数のメディア・プラットフォームにわたってコンテンツが流通し、(2)それに向けて多数のメディア業界が協力し、(3)オーディエンスも自分の求めるエンターテインメント体験を追求してほとんどどこにでも渡り歩くことを指す(訳書24頁)。渡部によればこの三つの特徴はそれぞれ技術、産業、文化に関わる属性であるが、このうちでも特にコンヴァージェンスの文化的側面に光をあてたところにジェンキンズの独自性があるという。そして、それはメディア横断的なファン活動だけでなく、ユーザーないしオーディエンスによる対抗文化的なメディアへの参与も生み出しているとして、その事例を2、3紹介した。

続いて平井智尚は、まとめサイト、MMD、炎上、ステマ騒動などの日本のネットカルチャーについて論じる自著『「くだらない」文化を考える——ネットカルチャーの社会学』(七月社、2021年)をひもときながら、そこにジェンキンズの研究が提供した理論的枠組みの意義を説いた。彼によれば、ジェンキンズによる参加型文化のモデルは「記述的(descriptive)」な側面と「志向的(aspirational)」な側面の両方を有しており、それが広範囲な応用可能性を与えている。他方でジェンキンズの研究には、ニック・クドリー『メディア・社会・世界』(山腰修三監訳、2018)、Christian Fuchs, Social Media: A Critical Introduction (Sage, 2017)など、すでに多くの批判的検討がなされている。両者の批判はつまるところ、ジェンキンズが提起する参加型文化による対抗政治や民主主義の可能性は楽観的に過ぎるのではないか、というものになるだろう。平井は、それらの批判に対するジェンキンズの再反論もあわせて紹介し、概念・理論的な水準での検討の必要性を示唆しつつ、参加型文化はコンヴァージェンス環境における民衆文化を包括するメタ概念であり、定義が曖昧で対象が広範であるがゆえの有用性があるとして、インターネット・ミームや新反動主義のような新しい潮流に応用する可能性を今後の課題として提案した。

次の発表者の陳怡禎は、著書『台湾ジャニーズファン研究』(青弓社、2014年)などで展開してきたファン研究を基盤として近年調査しているひまわり運動とアイドル・ファン文化についての事例を紹介した。ひまわり運動とは2014年に起きた台湾史上最も大規模な社会運動であり、「学生運動」とされているものの非常に幅広い層が参加し、「いつでもどこでも」、ネットからでも参加できることをその特徴としていた。そこで陳が注目したのは、「運動リーダー」と呼ばれた二人の男子大学生が「アイドル化」したという現象である。台湾社会におけるアイドル概念は日本を踏襲しており、「等身大で未熟、親近感を持つ」といった性質を持つ。二人の「リーダー」は、カリスマ的な存在というよりは共感しやすいような若者であり、二人が身につけている服がネット上で飛ぶように売れたり、ファンたちがぬいぐるみなどをプレゼントするなどの現象が起きたというのである。こうした社会運動のアイドル化とも言える現象は、陳が「アフター・ひまわり運動」と呼ぶひまわり運動世代の政治家たちの活動においても継続された。陳によれば、こうした社会運動におけるアイドル文化は、運動の参加者たちに、「リーダー」たちに追随するという受動性ではなく、自ら運動に参加する能動性を与えた。ジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー』の日本語訳には、オードリー・タンが「参加型テクノロジーによって、私たちはメディアのリテラシーだけでなくコンピテンシー(実行力)を手にした」と帯文を寄せているが、ひまわり運動におけるファン文化をまさにこのような実行力を付与するものとして陳は肯定的に捉えた。

最後に倉橋耕平も、平井と同様、自著『歴史修正主義とサブカルチャー——90年代保守言説のメディア文化』(青弓社、2018年)の理論的着想源としての『コンヴァージェンス・カルチャー』の重要性から発表を始めた。本書において倉橋は、歴史修正主義に代表される保守言説を政治的なアクターとして研究する先行研究に対し、むしろそれらの言説の購買層を「シリアスなファン」と位置づけ、ファン研究の文脈に位置づけた。こうした方向転換のメリットは、彼が対象とする時代が、紙媒体からインターネットへのメディアの移行時期であり、右派のメディア・コミュニティの変遷やそのなかでの「知」のあり方に新しい視点を導入できる点にある。この点において、ジェンキンズの「参加型文化」や「集合的知性」といった着想は重要な視点を提供した。他方で倉橋によれば、アメリカ国内の事例に基づいて議論されるジェンキンズのコンヴァージェンス・カルチャー論が適用可能な範囲や地域については検討が必要である。とりわけ、東アジアの事例やトランスナショナルなメディア環境にジェンキンズの概念を適用するにあたっては、帝国日本と植民地主義の遺産、それを背景とする権力や知識の非対称性など、考慮すべき「ものさし」が多数あり、それに向けてコンヴァージェンス概念の練りあげが必要とされると指摘した。

三人の報告のあとでは、共訳者の阿部康人と北村紗衣を交えて活発な議論が展開された。とりわけ印象に残っている論点は、ジェンキンズの理論はその「ゆるさ」ゆえ広範囲な応用可能性をもっているが、その反面、扱いづらい側面もあるという指摘、そして、ジェンキンズの理論自体が歴史的な条件のもとにあるという認識などである。冒頭で述べたように『コンヴァージェンス・カルチャー』は北米のメディア研究ではすでにその地位が確立された研究書であり、その応用例も批判的検討も多数ある。本パネルは書評セッションとはいえ、三つの報告は、本書の紹介や検討のみにとどまらず、東アジア文化圏での応用事例を豊かに提示するものであった。その点で本パネルは、ジェンキンズが提起した諸概念を精緻に練りあげ、その歴史的・地域的限定性を乗り越えて、今後の研究へと展開していく生産的な契機を与えていたように思う。


パネル概要

本パネルは、今年邦訳が刊行されたヘンリー・ジェンキンズ著『コンヴァージェンス・カルチャー』が提起するコンヴァージェンス概念、参加型文化と民主主義の問題、ファン研究や受容研究との関係などを議論する。まだスマートフォンも存在せずソーシャル・メディアも今ほど普及していなかった2006年に発表された本書は、英語圏のメディア研究に大きな影響を与えてきた。原著の刊行から15年を経て、例えば本年初頭のトランプ支持者による米国連邦議会議事堂襲撃事件の例などをみるに、メディア化された資本主義社会と商品文化の中で市民として生きることに関して本書が提起した論点はさらに重要性を増しているように見える。すでにジェンキンズの議論を参照しながら研究を行なっている国内の研究者が、それぞれの研究にひきつけながら『コンヴァージェンス・カルチャー』の論点の紹介と批判的な検討を行う。平井智尚氏は「くだらない」とされてきた日本のネット文化について、陳怡禎氏はアイドル研究や民主化運動との関わりについて、倉橋耕平氏はネット右翼をはじめとするネット上の参加型文化についてコメントをする。ポピュラー文化と政治の境目が融解し、グローバルな資本の運動が国境を超えて我々の生活を変容させる現代において、日々否応なく晒されるポップカルチャーの内側から自己と社会の変革の可能性として『コンヴァージェンス・カルチャー』を現代の日本とアジアの文脈に置き直す。

発表者

平井智尚(ひらい・ともひさ)
日本大学専任講師/『「くだらない」文化を考える:ネットカルチャーの社会学』(七月社、2021年)など

陳怡禎(ちん・いてい)
日本大学助教/『台湾ジャニーズファン研究』(青弓社、2014年)、「社会運動空間における女性参加者のあり方:台湾ひまわり運動を事例に」『国際関係学部研究年報』(2021年)など

倉橋耕平(くらはし・こうへい)
創価大学准教授/『歴史修正主義とサブカルチャー:90年代保守言説のメディア文化』(青弓社、2018年)、「ネット右翼と参加型文化:情報に対する態度とメディア・リテラシーの右旋回」『ネット右翼とは何か』(青弓社、2019年)など

コメンテーター

阿部康人(あべ・やすひと)
駒澤大学専任講師/『コンヴァージェンス・カルチャー』共訳者

北村紗衣(きたむら・さえ)
武蔵大学准教授/『コンヴァージェンス・カルチャー』共訳者

組織者/司会

渡部宏樹(わたべ・こうき)
筑波大学助教/『コンヴァージェンス・カルチャー』共訳者

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2021年10月25日 発行