真ん中の部屋 ── ヘーゲルから脳科学まで
哲学者カトリーヌ・マラブー(1959年生まれ)は、博士論文をもとにした『ヘーゲルの未来』を皮切りに、これまで数多くの著書を公にしてきた。「可塑性(plasticité)」の概念を一貫したキーワードとするその思想は、日本でもすでに多くの訳書を通じて知られている。本書『真ん中の部屋──ヘーゲルから脳科学まで』は、そのマラブーが2009年に上梓した論文集である。序文によると、原書のタイトル(La chambre du milieu)は、かつての指導学生であり、本書の共訳者でもある西山雄二の提案によるものであるという。
マラブーはこれまで、カント、ヘーゲル、ハイデガーをはじめとするヨーロッパの哲学・思想を広く論じるとともに(『ハイデガー変換』『明日の前に』)、同時代における最先端の脳科学や生命科学にも等しく関心を寄せてきた(『わたしたちの脳をどうするか』『新たなる傷つきし者』)。また、かつてジャック・デリダの薫陶を受けたマラブーは、脱構築という方法についても、その批判的継承をたえず試みている(『エクリチュールの暮れ方の可塑性』『差異の変換』)。なお、マラブーは長らくパリ第10大学(現パリ西大学)で教鞭をとっていたが、2011年以来、おもにイギリス・キングストン大学で研究教育に従事している。そのことも影響してか、マラブーの仕事はフランス国内にとどまらず、現在ではむしろ英語圏で大きな関心を集めるようになっている。
本書は、そのマラブーの広範な仕事の全貌を掴むうえで格好の一書と言えるだろう。副題にもあるように、本書に収められているのは「ヘーゲル」から「脳科学」までのさまざまな対象を論じた15本の独立した論文である。そのため、全体として何かひとつのテーマがあるわけではないが、3部に分かれた本書の構成は、そのまま「ヘーゲル」「脱構築」「脳科学」という三つの柱にゆるやかに対応するものとなっている。ふつう、論文集というと散漫な印象を与えがちだが、本書は先述のようなマラブーの仕事の幅を見事に反映したものとなっており、たんなる寄せ集めのような印象はほとんど感じられない。すでに10年以上前の論文集ではあるものの、ここに収められた諸論文は、現在のマラブーの仕事を理解するうえでもかならずや有益なものであるだろう。
(星野太)