革命の印刷術 ── ロシア構成主義、生産主義のグラフィック論
本書は革命期のロシアで発表されたグラフィック論、装丁論、メディア論の中でも、とりわけ興味深いものを選んで訳出したものである。識字率の低いロシアでは社会主義の思想を効果的に伝えるために、人目をひくプロパガンダ・ポスターや、コストがかからず読みやすい装丁の書籍が盛んに考案された。本書に収められた論文は、このような構成主義のグラフィックの手法やそれが生み出された社会的背景を雄弁に物語る。
構成主義を代表するデザイナーのリシツキーは、インデックスのついた本や抽象的なフォルムのみによって描かれた本など、数々の画期的な装丁を生み出した。本書に収められた彼の論文からは、そのような試みの背景には、言葉の機能と人間の知覚の根本的な捉えなおしがあったことが読み取れる。またインパクトのあるプロパガンダ・ポスターを多数制作したグスタフ・クルツィスは、フォトモンタージュの分類とその効果的な技法を考察している。
本書では、生産主義者であり、美術批評家であったニコライ・タラブーキンの代表作『今日の芸術』の全編が訳出されている。この著作では、ポスター、広告、装丁、チラシ、ルボーク(民衆の版画)といった複製物が考察され、とりわけポスターはイーゼル絵画に取って代わる、大衆のための新たな視覚文化として位置づけられている。また同じく生産主義者であったヴィクトル・ペルツォフは時間の機能という面から言葉を捉えなおし、空間の機能を持つ印刷物においては視覚的要素によって補完される必要があることを主張する。オシップ・ブリークの宣伝論では、社会主義のプロパガンダにあたり、資本主義の宣伝から学ぶべきであるという視点が打ち出されている。
本書には画家ウラジーミル・ファヴォルスキーの装丁論も収められている。本と建築物の共通性を指摘し、家の中に入っていくかのように、判型、表紙、見返し、扉、ページなどを論じていく本論は、世界的に見てもウィリアム・モリスの『理想の書物』を引き継ぐ、最も優れた装丁論の一つとみなせるだろう。
ロシアでは1920年頃に実用性を欠いた一点ものの「絵画の死」が宣言され、構成主義者たちはポスター、写真、書籍といった複製物の制作に携わった。本書に収められた論文は、社会主義ロシアから発信されたもう一つの複製技術時代の芸術論と言えるだろう。
(河村彩)