ロバート・アルトマンを聴く 映画音響の物語学
タイトルに表れているように、本書は聴覚的対象に焦点をおいた、映画学の研究書である。本書が扱うロバート・アルトマンは「ハリウッド的」ではない独特の作風を貫く映画作家であり、その作風を明らかにしようとアルトマン作品の特徴は「アルトマネスクAltmanesque」として定義されてきた。それに対して、著者は、従来の定義にあてはまらず、アルトマン研究でも注目されてこなかった特徴として、物語の複数性と音源のありかが不確定な音響形式の2つを挙げる。
本書では、直接に物語を構築しうる要素としてのセリフ内容や映像と結びつけられる音楽ではなく、音響のあり方そのものが問題とされる。著者は、映画内の声そのものや音の存在のありようが、群像劇ではないにもかかわらず、複数の物語を同時にたちあげることを可能にすると指摘し、アルトマンの初期からステレオ以後に至る6本の作品の物語学的分析を通じて、アルトマン映画における音響的現れとその音源の存在と視覚的情報との交錯的関係をその音響の細部にまで入り込んで論じている。
著者も述べているように、映画研究は視覚的要素を対象に据えるものが多かった。それに対して本書のような映画の音響研究は、視覚的細部が確認可能な映像研究とも楽譜上で音を可視化しうる映画音楽の研究とも異なり、研究対象それ自体が存在の確認不可能性を含んでいる。にもかかわらず、著者は物語性という糸を織り込むことによって音響的細部の存在とその位置を作品のなかにたしかに定めてゆく。そうして本書は、映像とも音楽とも異なる仕方で音響それ自体が物語を語るという映画ならではの物語生成の可能性を示してみせた。
(堀内彩虹)