単著

加須屋明子

現代美術の場としてのポーランド カントルからの継承と変容

創元社
2021年5月

東欧に位置するポーランドは、社会主義化と東欧革命による民主主義化、ナチスドイツの侵攻とソ連による解放など激動の歴史を経験した。ポーランドの20世紀美術はそのような歴史や社会の変動と分かちがたく結びついている。本書は、異能の演劇家タデウシュ・カントルを中心に、前衛から現代美術へと至るポーランドの美術について考察した貴重な本である。

本書の第一章ではあまり知られていないポーランドの美術教育機関とその歴史について考察がなされ、前衛芸術や高名なポーランドのポスターを生み出した土壌が明らかにされている。

本書でポーランドの現代美術のキーパーソンとされるカントルは、従来の戯曲を超え、舞台上での出来事を観客とともに省察することを目指す「ポストドラマ演劇」を提唱した。第二章ではオブジェや装置を駆使するカントルの舞台における「美術と演劇両者の往還」が考察され、彼が近年現代美術で盛んに用いられるインスタレーションやパフォーマンスの先駆者であることが指摘される。

続く第三章では京都市立芸術大学ギャラリーにおいて生誕百周年を記念して開催された「死の劇場──カントルへのオマージュ」展の出展作品、世界でも有名な現代美術家ミロスワフ・バウカとクシシュトフ・ヴォディチコの作品が分析され、これらの作品においてはカントルの提示した問題が、「負の歴史の視覚化や記憶の伝達」というテーマに変容し、継承されていることが確認される。彼らの発想は、『ポーランドの前衛芸術』(創元社、2014年)において同著者によって主張された、困難な状況や制約といった負の側面を想像力へと転換する「応用ファンタジー」の概念とも通底している。

第四章から六章ではポーランドの作家を招いて行われたワークショップ「昼の家、夜の家」、ベルリンで行われた展覧会「コモン・アフェアーズ」、国交樹立100周年を記念して行われた「セレブレーション──日本ポーランド現代美術」展に関して、出品作家や活動についての詳細な記録と考察がなされている。

舞台芸術やパフォーマンスは、たとえ映像で記録されたとしても、その鑑賞経験は一度きりのものである。考えてみれば、これは現在では演劇に限られたことではなくなっている。キュレーションされた特別展が増え、パフォーマンスや映像作品が多くを占める現代美術においては、鑑賞経験の一回性が強まっていると言えるのではないだろうか。展示作品の印象、ワークショップ参加者の変化、日本とポーランドの作家の交流などを丁寧に記述する著者の文章からは、そのような現代美術における経験の一回性を強く認識させられる。本書はきわめて貴重なポーランドの現代美術における活動と、日本との交流の記録でもある。

(河村 彩)

広報委員長:香川檀
広報委員:大池惣太郎、岡本佳子、鯖江秀樹、髙山花子、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2021年10月25日 発行