他者をめぐる人文学 グローバル世界における翻訳・媒介・伝達 Adaptation, Meditation and Communication of Otherness in a Globalizing World: Perspectives from Japan
人文系諸学をめぐる困難な状況のなか、そこに属する学問分野の成果がもつ有効性を主張していくことが、とりわけ将来を担う世代にとっては喫緊の課題となっている。単著共著含めた書籍の刊行は、学術的成果の発信として学問的にも社会的にも意義深いものであろうし、中長期的な意味で評価の指標とすることができる手段であろう。
これに関して気になることをひとつ述べておくと、今年度(令和3年/2021年度)の日本学術振興会による研究成果公開促進費内の「学術図書」刊行助成において、表象文化論、あるいはそれに類する美学・芸術学関係図書の採択がほとんど見られないという印象を受けた(PDF注意:https://00m.in/vyvmB)。歴史学ないしはそれに類する社会学・地域研究といった助成対象が大半を占めるこの現状をどのように考えるべきかについて速断は避けるが、人文学的なものの社会的退潮と学術界の内閉的保守化が浸透していないことをさしあたりは願っている。
もはや前置きだけで字数が尽きているのだが、今回刊行した書籍は、博士課程所属の学生を中心に、ロンドン大学SOASとの交流を通じて練り上げられた、「国際日本研究」的視座に基づく成果論文集である。「若手研究者」「海外交流」「日本研究」というトリロジーによる学内助成の取り付けに一種のあざとさを感じる人もいるかもしれないが、しかしそれは同時に、表象文化論、比較文化論、あるいは比較文学といった、言うなれば「学際的」「批評的」な学問研究もまた、商業的圏域を超えて広く問われるべき課題を提示し続けていることの証左にもなるであろう。さらにいえば、英語論文と日本語論文が併記されたこのバイリンガル論集は、形式において複数のリーダビリティへと開かれることを目指しつつ、内容においても「世界文学」「比較文学」あるいは「比較文化」の観点から文学・イメージ・文化理論を取り上げた多様な力作が並んでいる。本書は博士課程において博士論文を仕上げる最中、専門性を掘り進む行程にある若手研究者たちが多くの議論を積み重ね、今後のキャリアを見据えて自分のテーマからあえて一歩踏み出した到達点かつ出発点である。読まれるに値するものになっていてほしいと、編者の一人として切に願っている。
(大橋完太郎)