クリティカル・ワード メディア論 理論と歴史から〈いま〉が学べる
やや遅れて参加することになった本書の企画段階では、「こんな教科書があればいいのに」という想いを朧げに抱いていた。メディアに関連する現在進行形の技術や概念をカヴァーしつつ、それらが歴史的な事例や理論的な概念と体系的かつ密接に連動するようなコンパクトな書籍のことである。このような狙いのもと本書は最終的に、理論編・系譜編・歴史編の合計三部からなるキーワード集として完成することになった。
第一部・理論篇では、「身体」や「知能」から「ポストヒューマン」まで、メディア論にとって重要となるキーワードを集め、それらが歴史的な経緯や理論的な背景とどのように結びついていたのかを解説している。すべてを網羅することは当然ながら難しいため、キーワードはおのずと最近のメディア技術によって脚光を浴びたり、大きく変容したりしたものに限定されてはいる。一方で続く第二部・系譜篇は、「フランクフルト学派」から「カルチュラル・スタディーズ」などの主要な学派や思想家たち、または「ジェンダー」や「アート」などに関連するメディア思想の潮流をたどったものである。複数の理論(家)たちやテーマとの関係を体系的に示しつつ、第一部とは言わば逆向きのベクトルで、メディア論の歴史的な蓄積から現在までの来歴を捉え返すような内容となる。
第三部・歴史篇は、メディア考古学というアプローチを軸のひとつとして、上記のような概念や理論家たちの名前でなく、個別の実践や歴史的な事例をとりあげた。「複製」や「出版」、「聴覚」に「触覚」、「没入」から「憑依」「金融」「司法」にいたるまで、一見すると雑多にも思えるキーワードを立てたのは、これら個別のテーマごとに多種多様なメディア技術が交錯し、それらのうちに人々の感覚や意識が織り込まれてきたのかを具体的に示したいと考えたからであった。その項目はおのずと全体のうち半分を占めるほどに増えたのだが、それでも思わぬテーマやトピックから個々のキーワードが有機的に連関する多種多様な経路を示そうとした。
そうした連関を示すために、各項目の冒頭にある重要語句一覧とならび、本文中にはクロスリファレンスを設けてもいる。思わず手が止まった箇所を読み進めながらときに他のページへと寄り道しつつ、メディアの歴史と理論のうちに予期せぬ繋がりが生じることを愉しんで頂ければと思う。いずれにしても「こんな教科書」という漠然とした想いは、執筆者の方々からの充実した原稿のおかげで想像していた以上の内容となった。と同時に、本書が成立するまでに参加した学会や研究会から多大な影響を取り込めたことをここに記して感謝したい。
(増田展大)