暴君 シェイクスピアの政治学
メルケル首相も読んでいたと話題になった本だ。原書が書かれたのは2018年。その2年前のアメリカ合衆国大統領選挙で意外な人物が選ばれたことに衝撃を受けたハーバード大学教授スティーブン・グリーンブラットが、なぜ「最悪の予想どおりになってしまっ」たのかを理解すべく、「いったいなぜ人々は、傍若無人に自分勝手な発言を繰り返して政権を牛耳るような暴君を、指導者に選んでしまうのか」の答えをシェイクスピアの世界に求めた作品である。ただし、著者は大統領選とは記さず、「選挙」とのみ表現し、翻訳についても「あとがきをつけるな」という厳しいお達しを出して警戒した。シェイクスピア自身も為政者から目をつけられないように細心の注意を払って作品を書いたが、それに見習ったのであろう。
著者は、いわずと知れた新歴史主義の領袖で、著書にはベストセラーとなった『シェイクスピアの驚異の成功物語』(河合訳、白水社刊)やピュリッツァー賞受賞作『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』(河野純治訳、柏書房)などがある。
怖いくらいに日本の政治状況と重なる。特に学術会議任命拒否問題で任命されなかった6人の1人である政治学者・宇野重規東京大学教授が朝日新聞に本書の書評を出して以来、話題の書となった。まさに今、私たちが読むべき本なのだ。
本書は語る。暴君を生み出すのも、その台頭を阻止できるのも国民であり、権力の横暴を見過ごせずに「人間の品位を守って立ち上が」った『リア王』の名もなき召し使いこそ英雄だという。「秩序、礼儀正しさ、人間としての品位といった基本的価値観が崩壊」するとき、「暴君の台頭への道を作ってしまう」と本書は説く。
一読頂ければ、シェイクスピアの作品がこんなにも現代の写し鏡になるとはと驚くこと請け合いである。
(河合祥一郎)