編著/共著

志村三代子、角尾宣信(編)、紙屋牧子久保豊河野真理江長門洋平ほか(著)

渋谷実 巨匠にして異端

水声社
2020年10月
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戦時中から1950年代まで小津安二郎、木下惠介とともに松竹三大巨匠と称されながら、今やほとんど省みられなくなった渋谷実。しかしその作品群は、先の十五年戦争および敗戦をめぐるこの国の傷あとを振り返るとき、不穏な問題提起をし続けていないか。本書は、渋谷没後40周年の節目たる2020年に、この監督の名を忘却の泥中より呼び起こすべく編まれた。

各執筆者は、多様な問題関心から渋谷の映画を照らし出す。渋谷作品に通底する戦争および敗戦の傷あとは、それを受容する「群れ」の様態を通じて(四方田犬彦)、その傷が導く戦時中と敗戦後とを重層化した特異な時間性から(具珉婀)、そして男性主体の加害暴力の責任追及や、家父長制から離れゆく共同性への旅路として(角尾宣信)、分析される。また、そこで罰せられる男性主体は、渋谷の拘る鳥のモチーフからその具体相を析出され(坂尻昌平)、共同性への問いは、あらゆるイデオロギーや人間関係から切断された絶望の底面より立ち現れる生きる意志の考察を導く(川崎公平)。そしてジェンダーの観点からは、渋谷の暴力批判の限界が析出されるとともに(河野真理江)、敗戦後の日米同盟を背景とするアメリカ兵の免責が指摘され(紙屋牧子)、しかし逆説的に、女性や老い(エイジング)に対する排除の力学を再考し抵抗へ向かう端緒とも見なされる(久保豊)。さらに考察は、悲喜劇を混淆する渋谷固有の演出へ(志村三代子)、ルポルタージュ文学の映画化を通じて揺らぐ虚構と現実のあわいへ(鳥羽耕史)、映画というメディア自体が孕む「マガイモノ」性の再帰へと(長門洋平)、多様に広がっていく。

そして本書は、渋谷の実像に迫るべく、出演した俳優陣(有馬稲子・香川京子両氏)や助監督(熊谷勲氏)、そして渋谷の実娘夫妻(高橋蕗子・志保彦両氏)へのインタビューを所収する他、渋谷作品の現代的意義を探るべく、気鋭の若手作家(金川晋吾・小森はるか・斉藤有吾・深田晃司各氏)によるエッセイも収録。巻末には主要参考文献およびフィルモグラフィを掲載し、今後の渋谷作品研究の一助とする。

本書刊行が、渋谷作品の再評価とその作品群が課されたこの国の戦後史の再考へ向けて、有益な一歩となることを祈念する。

(角尾宣信)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2021年3月7日 発行