オペラがわかる101の質問
本書はドイツの出版社C.H.ベックが上梓しているシリーズ『101のもっとも重要な質問Die 101 wichtigsten Fragen』のなかの1巻である。このシリーズにはさまざまなジャンルや切り口、人物をテーマとしたものがあり──こと音楽に関しても数冊──、単発的には邦訳されているものもあるのだが(例えば、『ナチス第三帝国を知るための101の質問』[現代書館])、テーマに関する基本的な知識から、かなり専門的にアップデートされた、突っ込んだ知識までを平易に与えてくれる点で定評のあるものだ。一般読者を想定した、いわゆる入門書であることは確かにせよ、その実、初心者が抱きにくいような発想の問い、すなわちあるていど知識がないと問えないような角度からの質問も「重要な」ものと考えて懇切丁寧に答えてくれている。オペラに関する本書も同様だ。
オペラ入門書は国内にも数多く出回っているが、だいたいが同工異曲で、オペラの基本的な知識、作曲家や作品の説明、歴史(たいていが創作史)、そして最後にオペラ座でのエチケットをちょっと臭わして、なんとかこの気位高く見えるジャンルの敷居を低く見せようとする戦略で終わっている。それはそれでけっこうなのだが、結局のところ、なにゆえ西洋社会でオペラが肩肘張らぬ日常的な芸術ジャンルになっているかという根本的な疑問を説明し切れたものはない。
そんななかで、ドイツで出版された本書は、近年中国をはじめとするアジア諸国を含めてグローバルに展開し始めたオペラ文化を見据え、またそれとは対照的に国家的支援が薄くなりはじめ、スポンサー制に活路を見いだしているヨーロッパのオペラ文化の現状を見据えた上で、そうしたオペラというジャンルが現在まで保ち続けている文化上・経済上・政治上の意義を常に念頭に置きつつ、このジャンルを始まりから現在まで俯瞰できるような問いの立て方を行っており、それに対して正面から答えを出している。その意味で、現代社会におけるオペラの位置を知ろうとする向きには恰好の書と言えるだろう。
「オペラはどこで、どうしてできたの?」というのは第1歩、「オペラは社会に役に立つの?」というのは鋭いツッコミ。「歌劇場でいちばん偉いのはだれ?」とは通常出てきづらい質問だ。加えて、「テノールの「ハイC」が騒がれるようになったのはいつからか?」とか「拍手は、ブーイングはいつ始まったの?」というのは、知っているとちょっと鼻が高くなりそうだ。こういうことは気になっても、なかなか調べが付きそうにないから。
原書の体裁は地味で、活字の組み方も稠密でやや読みづらく、写真も小さなものや見にくいものになっているが、日本語版ではそうした部分はほとんど差し替えて、平尾直子による的確で馴染みやすいイラストに替わっている。手に取りやすくなったと言えるだろう。
(長木誠司)