単著

塚田幸光

クロスメディア・ヘミングウェイ アメリカ文化の政治学

小鳥遊書房
2020年4月

ヘミングウェイといえばアメリカ文学を代表する作家の一人であり、彼の文学に関する研究は数多存在する。一方、ヘミングウェイの生きた20世紀前半を概観するならば、二つの世界大戦とアメリカの覇権、テクノロジーとモダニズムの隆盛など、政治/芸術のパラダイム転換をめぐる多様なコンテクストも見えてくる。本書はこうしたコンテクストとテクストとのせめぎ合いに焦点を当てるべく、文学研究で取り上げられるヘミングウェイの文学キャノンは扱わず、「むしろ、その周縁とされてきたテクスト、またその断片に焦点を当て、クロスメディア的視座からヘミングウェイを再考察すること」(19頁)を行なっている。

本書の構成は、ヘミングウェイが直接的・間接的に関わったクロスメディアの実践──ジャーナル、フィルム、フォトグラフ、アート、そしてノヴェル──を各章で取り上げ、考察するものなっている。全8章でカバーするのは、第一次世界大戦後のギリシア・トルコ戦争、ジャズ・エイジのアメリカ、スペイン内戦、第二次世界大戦、そして冷戦までの時代となっており、ニューズリールやドキュメンタリー映画、映画におけるフリークスやターザンの身体、フィルム・ノワールにおけるジェンダー・イデオロギーなどが、ヘミングウェイのテクストと交錯しながら論じられる。ここから、ヘミングウェイの政治的思想や「老い」への意識、アフリカやスペインといった異国の地で常に見え隠れするアメリカなどが浮き彫りになるが、何よりもこの時代を生きた一人の作家が、いかにメディアとの関わり抜きには語れないかが明らかになるだろう。本書ではヘミングウェイがいわば一つのインスピレーションとなって、「広義の「文学」を別角度から検討し、文化/メディア研究を更新する」(23頁)実践を示してくれている。

(仁井田千絵)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2020年10月20日 発行