学校で地域を紡ぐ 『北白川こども風土記』から
『北白川こども風土記』(山口書店)という一冊の本が1959年に刊行された。北白川小学校に通う4年生の児童たちが3年間かけて調べた、京都盆地の東北に位置する北白川地域の考古・歴史・民俗を、こどもたち自身による挿画とともに一冊の本にまとめたもので、小学校6年生の児童は紡いだものとは思えないほどの質に驚嘆した梅棹忠夫は、「これはおどろくべき本である。子どもというものが、よい指導をえた場合にはどれほどりっぱな仕事をすることができるか、ということをしめすみごとな見本である」と絶賛した。翌年には、溝口映画の脚本を手がけたことで有名な依田義賢らにより中編劇映画として制作・公開されることになる。
その魅力を再発見した民俗学、歴史学、考古学、資料論、視覚文化論、メディア論などの研究者たち、そしてそれに着想を得て作品を制作した現代美術作家たちという脱領域的な探求によって、この「おどろくべき本」の公刊から60年が過ぎて本書もまた紡がれた。その探求の対象は、テクストやイメージ自体から、それを成立させた場所や時代のコンテクスト、メディアとしての側面、そしてそれを現在にどう活かすかという点まで多岐に及ぶ。
北白川という地域は、京都盆地のなかでもはじめに人が住み着いた場所であり、その後は都の近郊として中心部とは違う歴史を有してきた。近代になると宅地開発により、近くにできた京都大学の教員などの住む場所となり、その子弟も北白川小学校に通うこととなる。こうした独自性から、本書のもととなった課外活動を指導した大山徳夫教諭は、出版後に「あんたとこやからできたのや」という批判めいた言葉を受けたという。研究者たちにとってもこの言葉は重く、この特殊な事例からどのように普遍に開いていくのかというのが、つねに課題としてのしかかっていた。その課題には、それぞれが何らかのかたちで答えたのではないかと編者としては考えている。
『北白川こども風土記』には、まだまだ掘り下げるべきところがある。それは、出版記念で行われたトーク・イヴェント(出版社による本書特設ページでアーカイヴ試聴可)でも明らかになったし、今後もまだ追求し続けていくつもりである。
(佐藤守弘)