PRE・face

オンライン研究フォーラム顛末記

北村紗衣

2020年夏の表象文化論学会大会は早稲田大学で行われる予定だったが、新型コロナウイルスの流行のせいで現地開催ができなくなってしまった。このため、かわりに2020年の夏はオンライン研究フォーラムを開催することになった。私は企画委員長をつとめており、この大会で企画委員会を引退する予定だったのだが、最後の最後に全く先例もないことをしなければならなくなってしまった。新型コロナウイルス流行のために突然オンラインで研究会を実施することになった学会は数多あるが、ひとつくらい詳しい記録を残しておくのもよいだろうと思う。この『Repre』巻頭言では、後世に残す史料のつもりで顛末を報告したい。あまり面白い内容にはならないだろうが、史料とか記録というのは、本来はそんなに愉快である必要はないものである。


1. 開催中止からオンライン研究フォーラム開催決定まで

 4月あたりから、夏の大会を早稲田で行うことはできないのではないかという不安が企画委員会の中で高まっていた。人が集まることになるイベントは軒並み中止になり、4月7日は開催予定地である早稲田大学がある東京に緊急事態宣言が出た。大会については開催校の意向が最重要なので、早稲田大学に所属している会員に状況を確認し、結局、現地開催はできないということになった。開催校と企画委員会から理事会に諮り、5月5日付けで表象文化論学会ウェブサイトに早稲田大学での大会ができないことを連絡する通知を出した。

集まって大会を開催することができないとしても、学会であるからには何らかの形で研究会を開かなければならない。新型コロナウイルス流行のせいで学問が停滞気味だとは言っても、研究を促進することが学会の最も重要な仕事であり、学会員に対する責任を果たさなければならないからだ。さらに、若手研究者にとっては学会発表というのはその後のキャリアのためにも非常に重要な機会である。発表を準備していた会員をがっかりさせるわけにはいかない。

当初は学会員が単発で開催する研究会を申請に応じて企画委員会が審査し、表象文化論学会のイベントとして補助を出すのはどうかという案が検討されたが、これは審査や技術的な調整などについて手間がかかりすぎるのではないか、また宣伝が難しくてあまり盛り上がらないのではないかなどという理由でボツとなった。かわって提案されたのが、夏季休暇中に1週間くらい決まった期間をもうけてその間にZoomなどを用いたセッションを複数行うというもので、これが採用された。いつもの大会同様、公募のパネルを行う他、新型コロナウイルスが芸術に及ぼしている状況に関するシンポジウムやワークショップも実施することになった。


2. オンライン研究フォーラム準備

研究会がオンライン化されるということは、運営方法がこれまでとは大きく変わるということだ。通常、学会の大会というのは開催校が運営を担当するシステムになっており、メインの企画は開催校が出し、応募するほうも開催校の土地柄などに応じた企画を持っていくことが多い。場所を借りたり、懇親会の準備をしたりする手続きもほぼ開催校が行う。しかしながら、オンラインで行う場合はこうした現地に人が集合することを前提とした手続きは必要なくなるので、そもそも開催校を決める意味がなくなる。このため、表象文化論学会初のオンライン研究フォーラムは開催校がなく、企画委員会が全ての運営を担当することになった。

会員から公募するセッションのほうについては、通常より人数の制限などを緩めた形でパネルとワークショップを募集することになった。使うツールはZoomとし、会場を借りるかわりに表象文化論学会の名義で1ヶ月分だけ有料アカウントを取得し、ウェビナーとストレージをつけることにした。これはとりあえず委員長である北村の名義で立て替えて支払った。後で説明するが、実はこのZoom周りの処理が一苦労だった。

シンポジウムは企画委員会副委員長が担当することになったが、委員長である私は戯曲を音読するワークショップを企画した。表象文化論学会の大会では通常、パフォーマンスセッションがある。表象文化論学会の「表象」は英語にすると‘representation’であり、これは多義語で演劇の「上演」も指せる言葉だ。「理論と実践の両面における果敢な実験」を理念としてかかげる表象文化論学会においては、製作の現場との接触を絶やさないために学会で上演を行うということは重要であり、設立準備大会からずっとパフォーマンスやそれに準じる位置づけのセッションがあった。しかしながら新型コロナウイルスが流行し、演劇もダンスもほとんど上演できなくなっている状況では難しい。このため、それを多少なりとも補うため、参加者が自分たちで戯曲を音読するセッションをすることにした。戯曲の音読というのは英語圏の演劇系の学会などではよくある企画で、また日本でも最近盛んになっており、2019年から全国大会も開かれているくらいは人気がある。

企画委員会持ち出しの企画のほうは2つあるから大丈夫だとしても、問題は公募セッションがちゃんと集まるかどうかだ。オンライン開催ということになればいつもとは勝手が違うので、例年ほど応募が集まらないかもしれない。締め切り直前までほとんど応募がなく、この調子だと全く盛り上がらないのでは…と企画委員長としては心配になったが、蓋を開けてみれば4件の応募があり、いずれの企画書も面白そうなもので、胸をなで下ろした。

セッションが揃うとあとはプログラム作りや会員への告知、Zoomの設定などを粛々と行えばよい…のだが、オンライン授業などで企画委員会メンバーも忙しく、さらに有料版のZoomウェビナー設定などに慣れていないため、様々なトラブルが起こった(私も一度、記録の設定で大失敗をしてしまった)。ウェビナーを使用するセッションについては、ウェブ上にアップしたプログラムから直接リンクをクリックして参加登録してもらうシステムだったのだが、書き方がわかりづらかったのか、企画委員会のメールアドレスに登録の問い合わせが相当数来た。ウェビナー機能を使用しない戯曲音読ワークショップについては企画委員会あてにメールを送付してもらってミーティングに参加者を登録するというシステムにしていたのだが、これは大失敗で、企画委員長が40通以上のメールに人力で返信しなければならないという手間がかかる処理になってしまった。また、さすがに学会の参加登録でこんなことが起こるとは思っていなかったのだが、名前も所属もわからない人から「参加します」程度の内容しか書かれていない申し込みメールが送られてくるということが結構あり、頭が痛くなった(登録はいわゆるZoom爆撃などのイタズラを防ぐためなので、名前くらいは教えてほしいものだ)。この他に一時期、表象文化論学会のメールが全てダウンするという問題が発生したこともあり、技術的なことがらには始終悩まされ通しの学会準備となった。

さらに大変だったのは、自分が担当した戯曲音読ワークショップの準備である。使用する台本としては、疫病が流行する近世ロンドンを舞台にニセ科学詐欺師たちが活躍する様子を面白おかしく描いた諷刺喜劇であるベン・ジョンソンの『錬金術師』を選び、日本語訳の版元である白水社や訳者である小田島雄志先生のほうからもイベントで使う許諾をもらった。翻訳については事前に参加者にpdfなどを送るのは禁止で、Zoomの画面共有で読むことになった。また版面権の都合上、できればスキャンしたpdfをそのままZoom画面に表示するのはやめて、テキスト文書かWordなどに落として表示してほしいという要請が出版社のほうからあった。『錬金術師』は品切れなので、おそらくほとんどの参加者は手元に台本が無い状態でやってくるはずだ。

そういうわけで、五幕物の長い芝居である『錬金術師』を全てスキャンしてWordに落とし込むという作業を私が1人でやったのだが、これがとんでもない手間だった。1日で終わらせるつもりでセッション数日前に手をつけたところ、ぶっ続けで朝10時から夜の2時半までかかった。ジョンソンやシェイクスピアのような近世イングランドの芝居は韻文で書かれており、改行が通常の散文の戯曲と違うため、スキャンしたものにOCRをかけてテキスト文書やWordなどに流し込むと読み間違えや変な改行が大量に発生し、最初から最後まで目視で確認して手で打ち直して修正しないと、読むための台本としては全く使い物にならなかったのだ。目につく間違いは修正してとりあえず台本を仕上げたが、それでも当日、おかしな誤字がたくさん見つかった。世間では新型コロナウイルス流行で大学に出勤していない研究者というのは暇で楽をしていることになっているようだが、実態はこのようなものである。


3. オンライン研究フォーラムの開催と反省

このように初めてづくし、トラブル続きの準備だったが、8月7日から10日にかけて研究会が行われた。有料にすると事務的な手間が爆発的に増えるという問題があるのと、また感染症のせいで学問へのアクセスが悪くなっている時勢も鑑み、非会員も予約をすれば聴講無料ということにしたが、これが功を奏したのか非会員の参加が多かった。参加者のほうも夏学期終了後ということで比較的Zoom慣れしており、ツールを使った質疑応答も活発だった。企画委員会としては参加者が多く、議論が盛り上がったのは嬉しいことだ。それぞれのセッション詳細については、この号に掲載される予定の報告を読んで頂きたい。

初めてのオンライン研究フォーラムは盛況のうちに終わったが、後片付けのほうがまた一苦労だった。私のクレジットカードで契約していたZoomがなぜか解約できなくなってしまったのである。Zoomサポートにフォームで質問を送っても全く答えが送られて来ず、このままでは私のカードから翌月分もお金が引かれてしまう。しつこくサポートにフォームで連絡したところ、Zoomのほうから電話があり、技術的問題のためネット上での解約ができないということで、結局Zoomの社員に手作業で解約してもらった。このようにZoomが解約できないというのはたまに起こることだそうで、今後、研究会などでZoomの有料オプションを使用する学会担当者は注意したほうがよいと思う。

最後に、オンラインでの研究発表の利点と欠点を今回の経験からあげておきたい。利点としては、まず経済的な側面があげられる。場所を借りる費用などがかからないので、努力次第で安くあげることができる。また、参加者のほうも交通費を払って会場に行かなくて済むので、その点のコストは少ない。さらに、遠隔地に住んでいるなど普段であれば参加しづらい状況にある会員も参加ができる。今回も海外からの参加者がいた。

欠点としては、著作権処理の煩雑さがあげられる。映像などを見せるのは著作権上オンラインではやりづらく、またこの点がクリアできたとしても長い映像などをZoomで見るのはつらいものがある。戯曲音読ワークショップであったように、対面であれば学術・教育イベントとしてプリントを配ったり、物理的に数人で1冊の本を共有したりすればすむようなところでもオンラインではそうはいかない。表象文化論学会のようにさまざま芸術を扱う学会にとっては発表がしにくくなる。

利点になるのか欠点になるのかよくわからないところとして、開催校システムが無くなるというものがある。オンライン開催の場合、基本的に開催校が場所の手配などを担当するシステムをとる必要性がない。どの学会でもそうだと思われるが、年々多忙になり、研究に割く時間を奪われつつある大学教員にとって、大会開催を引き受けるというのはあまり楽しいものではない。できれば避けたいという大学も多く、開催校決定が難航することもある。オンライン開催によりそうした負担がかからなくなるということがあるのであれば、それは利点と言える。

一方、これには問題もある。表象文化論学会では、開催校がある場所に赴き、現地の芸術文化に基づいたセッションを聴講するということが重視されてきた。たとえば2014年に新潟大学で実施された第9回研究発表集会では現地の芸妓による貴重な踊りのパフォーマンスセッションが開かれたし、また2018年に山形大学で行われた第13回研究発表集会では著名な映画祭である山形国際ドキュメンタリー映画祭にちなんでドキュメンタリー映画研究のイベントが開かれた。「理論と実践の両面における果敢な実験」を理念とする表象文化論学会にとっては、こうした地域の芸術文化に根ざしたセッションが重要だったはずだ。開催校システムをなくすとこのような機会が減るため、これはオンライン開催の弱みと言える。今後も研究会のオンライン開催が続くようであれば、このような機会を減らさずに済むような工夫が必要であろう。

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2020年10月20日 発行