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シンポジウム 芸術作品と科学

報告:田口かおり

日時:2019年12月1日(日)13:00~17:00
場所:東海大学校友会館 霞ヶ関ビル

講演者と演題:
Oda van Maanen (ゴッホ美術館) 「ファン・ゴッホを調査する」
Diego Tamburini(大英博物館)「博物館における天然染料分析の戦略」
Ann Ann Diana Tay (メルボルン大学)「費用対効果の高いマルチスペクトル画像による作品来歴の調査」
小野田 真由(株式会社 堀場テクノサービス)「科学技術が浮き彫りにする作品の制作過程」
室谷裕志(東海大学) 「光学と芸術」
田口かおり(東海大学)「ファン・ゴッホ作品の再構成──来歴と色」

モデレーター:田口かおり(東海大学 情報技術センター講師)


目には「見えない」はずのものを「見える」ようにする──1895年にエックス線が発見されてほどなく、美術館における作品調査や保存修復分野に、「科学」が取り入れられるようになった。紫外線や赤外線を利用した光学調査や、絵具や下地の組成をめぐる科学分析は、目の前の作品を芸術家がいかに制作したのか、そこではどのような道具が用いられたのか、そして、作品が現在に至るまでに辿ってきた道のりがいかなるものであるのかを明らかにするための力強いツールとなりうるものである。歴史研究や美術史研究と、これら科学調査が結びついた時、一体そこには、何が見えてくるのか。シンポジウム「芸術作品と科学」では、国内外の機関で異なる立場から科学と美術を切り結ぶことによって新たな研究の地平を切り開こうとしている専門家たちが集い、それぞれの成果と展望を共有した。

シンポジウムは、メルボルン大学のダイアナ・テイ氏の発表をもって幕を開けた。シンガポールの近代絵画の保存修復に従事するテイ氏は、現状、大学や研究所が所持している平均的な装置を使用した分析手法の可能性と限界について指摘し、調査に制約がある場合にいかなる対策をはかることが可能か、複数のケーススタディを紹介した。続いて、大英博物館科学研究部門のディエゴ・タンブリーニ氏が、所蔵館の保存修復部門と科学調査部門が通常行う業務について紹介し、中国・敦煌で発見された織物に使用されているマダーレーキ(茜色)や昆虫由来の赤色、紫色、インディゴ(青色)染料の分析を、マルチスペクトルイメージング(MSI)分析や分光測定(FORS)を用いて実施した事例について報告した。室谷裕志氏は、ヨハネス・フェルメールの作品群に描かれている「光の粒」の表現を参照しながら、ヒトの視覚や色覚、絵画に用いられる遠近法や空気感の表現方法などについて解説を行なった。

休憩を挟んだ後半は、計測計や分析計の製造、販売などを手掛け、大学や企業と共同研究などに取り組む株式会社堀場テクノサービスの小野田麻由氏が登壇し、蛍光エックス線分析装置やラマン分光装置など同社が取り扱う分析機器について紹介するとともに、14世紀に後醍醐天皇から家臣に与えられたと伝承される日の丸旗やフィンセント・ファン・ゴッホ作品の分析結果について解説を行なった。続いて登壇したゴッホ美術館専任修復士のオダ・ファン・マーネン氏は、所蔵絵画をめぐる科学研究の歴史を概観した後に、ゴッホが用いた画布をめぐる研究──布目や織の密度を明らかにする新プロジェクトや、下地や顔料の分析などについて研究成果を披露した。最後に、田口かおりが、神奈川県のポーラ美術館に収蔵されている《草むら》をはじめとする油彩画3作品を対象に実施した光学調査の成果を報告し、画家が使用した絵具の種類や制作過程、現在に至るまでに絵画が辿った来歴について紹介した。

質疑応答では、肉眼での顔料の判別可能性や、ファン・ゴッホ作品についてこれまで行われてきた裏打ちに採用された接着剤の種別についての問いなどが寄せられ、各登壇者が事例研究の中でこれまで明らかにされた情報を公開・共有した。

(田口かおり/東海大学)

テニュアシンポ「芸術と科学」 (8).JPG

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2020年6月23日 発行