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国際ワークショップ 駒場アメリカ思想史ワークショップ──戦後アメリカ哲学の諸相

報告:入江哲朗

日時:2020年1月25日(土)13:30~18:00
会場:東京大学駒場キャンパス駒場国際教育研究棟3階314
登壇者:ジョエル・アイザック(シカゴ大学)、小山虎(山口大学)、入江哲朗(東京大学大学院[当時])
司会:ジョン・オデイ(東京大学)

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筆者の専門であるアメリカ思想史(American intellectual history)という領域は、2017年にThe Worlds of American Intellectual Historyと題する重要な論文集が刊行されるなど近年活況を呈している。とりわけ、同書の編者のひとりであるジョエル・アイザック(Joel Isaac)は、2012年に著書Working Knowledge: Making the Human Sciences from Parsons to Kuhnを上梓して以来、この領域の活性化に著しく貢献している。

こうした盛り上がりを日本にも波及させるべく、東京大学のジョン・オデイおよび筆者は、アイザックをシカゴ大学から東京大学駒場キャンパスへ招いて催す国際ワークショップを企画した。幸いアイザックは我々の申し出を快諾してくださり、また分析哲学史研究に従事している山口大学の小山虎にも登壇していただけることになった。かくして、2020年1月25日(土)に「駒場アメリカ思想史ワークショップ──戦後アメリカ哲学の諸相」(Komaba American Intellectual History Workshop: Aspects of Postwar American Philosophy)が開催された。

ワークショップではまず、筆者が“Morton White and Donald Davidson in Postwar Tokyo: Their Transpacific Crossings and Japan’s Interaction with American Intellectual History”と題する発表をおこなった。1950年から56年まで毎年夏に東京で催された「アメリカ研究セミナー」──東京大学とスタンフォード大学との共催──を題材とし、その参加者のなかでも特にジョン・D・ゴヒーン、モートン・ホワイト、ドナルド・デイヴィドソンという3人の哲学者に注目しながら戦後日本のアメリカ哲学(ないしアメリカ思想史)受容を論じた筆者の発表は、とりわけ日本の分析哲学史に関心を抱く参加者からの活発な反応を喚起することができた。

続いての、小山虎による発表“Analytic Philosophy and Philosophy of Science: Two Intertwined Research Traditions”は、コロンビア大学でながらく教鞭を執った科学哲学者アーネスト・ネーゲルが、分析哲学と科学哲学というふたつの研究伝統の錯綜した歴史を解きほぐすうえでのキーパーソンであることを論じた。現在からは見えにくい研究伝統間の差異を、ヨーロッパにおける分析哲学の胎動を伝えるネーゲルの1936年の報告から読みとれるのではないかいう小山の仮説は刺激的であり、発表後の質疑応答も主にこの仮説をめぐって展開された。

3番目の発表であるジョエル・アイザックの“Contractualism and Utilitarianism in Postwar American Political Philosophy”は、戦後米国における社会契約説的な政治哲学──ジョン・ロールズに代表される──の台頭を、(従来考えられてきたように)功利主義の衰退の結果とするのではなく、むしろ長きにわたる功利主義的な研究伝統の延長線上に位置づけるという、実に興味深い内容を備えていた。一方でロールズと(ロールズ自身は頻繁に言及する)ロック、ルソー、カントとの遠さを強調し、返す刀で、ロールズらの社会契約説が功利主義の対極にあるとする図式の不備を──さまざまな思想史的文脈を挙げつつ──指摘するというアイザックの手さばきは、気鋭のアメリカ思想史研究者ならではのものであった。

最後の全体討議においては、戦後日本が米国から哲学を輸入する過程で「アメリカ哲学」というラベルが徐々に不可視化されていったという筆者の仮説を足がかりとしつつ、思想史における「アメリカ性」とは何かという大きなテーマをめぐって登壇者間で議論が交わされた。参加者からもさまざまな質問が寄せられ、アイザックを中心とする知的交流の輪は、ワークショップ後の懇親会が深夜に解散するまでエネルギーを保ちつづけていた。このエネルギーが、日本におけるアメリカ思想史研究の興隆に何らかのかたちで繋がることを、筆者は心より願っている。

(入江哲朗)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2020年6月23日 発行