クローデル小喜劇集
19世紀から20世紀にかけてのフランスを代表する劇作家、詩人、そして外交官でもあるポール・クローデル。駐日大使を務めた所縁から本邦における研究も盛んである。近年、京都と静岡で渡辺守章氏の訳・演出による代表作『繻子の靴』の全曲版が上演されたことも記憶に新しい。
しかしながら、彼のテクストは膨大であり、ガリマール社刊の29巻におよぶ『全集』(+補遺4巻)や『手帖』(全13巻)、『日記』などを収めたプレイヤード叢書でも、その全てを網羅できていない。ましてクローデルという複雑な作家の全体像を理解するには、邦訳すべき作品はいまだ数多く残されている。
監修のティエリ・マレ氏(学習院大学教授)の長年にわたる翻訳出版構想の結実である本書は、その空白をうめるに足るものであり、クローデル作品群のなかから選りすぐりの喜劇を日本の読者に紹介する。
クローデル流の喜劇は、月や半獣神あるいは作家本人といった登場人物たちが織りなす幻想的かつ荒唐無稽な、まさに「滑稽芝居」であり、その内容自体も興味深いが、ダンス、人形劇、ラジオドラマといった上演形式の多様さも注目に値する。
またクローデルの喜劇は、ときにブレヒトの異化効果を用いた演劇や、ベケットらによる不条理演劇にも通じるような特徴を有している。本書とあわせ『繻子の靴』のなかでサテュロス劇として機能している「4日目」を参照すれば、クローデルの喜劇作家としての側面と、その前衛性をより深く捉えることができると思われる。
本書は、処女戯曲『眠れる女』(1886)から最晩年の『スカパンのはめはずし』(1949)までを収めており、マラルメの弟子として象徴主義から出発し、ジャン=ルイ・バローと共同制作を行うに至ったクローデルの長い創作の道のりを俯瞰する際に大いに役立つだろう。
(岡村正太郎)