男性性を可視化する 〈男らしさ〉の表象分析
『男性性を可視化する─〈男らしさ〉の表象分析』は、ジェンダー研究において遅ればせながら注目されつつある男という性について、20世紀の文学や芸術においてどのように表現されてきたかを分析した論集である。このような主題は、容易に男性性の復権や、「男とは…である」という本質主義的な語りを導きがちであるが、各章はあくまで表現形態としての「男らしさ」に分析を集中させることで、男性性の称揚あるいは糾弾、といった分かりやすい結論を避けることに成功している。むしろそこで繰り広げられているのは、男らしさを構成する多様な要素であり、それらが小説や映画でイメージとして成立し、メディアや解釈によって変容していくダイナミズムなのである。ドイツ表現主義から現代アートにおける狩猟まで、渡米した中国演劇人の経験から男性ダンサーによる『白鳥の湖』まで、論述の対象は目まぐるしく変化しているように見えつつも、そこに一貫して確認できるのは、男らしさのイメージを捉えかえし、更新していく表象史とでも言えるものである。
近年、日本の出版界において、『BOYS─男の子はなぜ「男らしく」育つのか』から『男らしさの終焉』まで、エッセー調で気軽に読めるジェンダー系の本が次々に翻訳され好評を博している。アカデミズムの側からも、表象分析理論をバックボーンとしつつ、ある種「素で読める」ようなジェンダー研究を提示する務めはあるだろう。『男性性を可視化する』が、論集という枠組みを利用しながら、このような動きに掉さすものになればと思う。そして、20世紀に限定したこの男性表象史の試みが、21世紀へと続くことを、そしてその淵源を求めて、ナショナリズム勃興期の19世紀などを対象として行われることを、編者として願ってやまない。
(熊谷謙介)