エドワード・ゴードン・クレイグ、岸田劉生・辰弥、バーナード・リーチ、小澤愛圀──モダニズムの忘れられたネットワークをめぐって
山口庸子(名古屋大学)
イギリス出身の演出家エドワード・ゴードン・クレイグは、20世紀初頭の演劇改革に大きな足跡を残し、版画やブックデザインでも活躍した。彼は日本文化に強い関心を持っており、幅広い資料を収集し日本人とも交流を重ねていた。発表者はこれまで、クレイグにおける能や文楽の受容、およびクレイグと詩人の野口米次郎や演劇批評家の坪内士行との交流について明らかにしてきた。本発表では、これまで知られていなかった、クレイグと岸田劉生・辰弥、バーナード・リーチ、および小澤愛圀との文通について報告したい。
岸田劉生・辰弥兄弟は、クレイグに強く傾倒していた村田実主宰の雑誌『とりで』のメンバーであり、その創刊号に、劉生は版画でクレイグの肖像画を載せている。岸田劉生或いは辰弥宛と思われるクレイグの手紙の写しから、クレイグが少なくとも『とりで』の創刊号を受け取っていたことが読み取れる。クレイグの影響を受けて人形劇研究の先駆者となった小澤愛圀は、クレイグに日本の人形劇に関する資料を提供しており、その一部はクレイグ主宰の雑誌に掲載されている。またリーチは劉生や小澤と交流があったが、クレイグからリーチ宛てに雑誌『工芸』への賛辞を記した返信が残されている。これらの資料から、演劇、人形劇、映画、版画、工芸などのジャンルを横断して、クレイグと日本のモダニズムとの間に、ゆるやかな情報のネットワークが存在したことを示したい。
野田秀樹作品における「神話」と「時間」の関係──『ザ・キャラクター』を中心に
稲山玲(明治大学)
野田秀樹『ザ・キャラクター』(2010)はオウム真理教を題材とした劇作品である。劇中、教団は街の書道教室に置きかえられている。信者たちはギリシア神話を書き写す「ギリ写経」を修行として行っており、ギリシア神話に書かれたことは本当に起こるのだと信じている。彼らは徐々に暴走し、やがてギリシア神話に記された破滅までをも自分たちの手で引き寄せようと、地下鉄に毒を撒く。彼らは神話を絶対視するあまり、現実の方を神話に沿わせようとするのである。
本発表で注目したいのは、野田作品における神話と時間の関係である。野田の作品世界では神話と時間という二つの要素は分かち難く結びついており、『ザ・キャラクター』の信者たちも、自分たちが「古代ギリシア時間」の中で生きていると信じている。劇中の登場人物が説明するところでは、この「古代ギリシア時間」とは「子供が遊ぶ空き地」に捨てられた「冷蔵庫」の中の時間、すなわち閉鎖された幼児的時間のことである。この幼児的時間と「絶対化された神話」の関係性はどのようなものか。
考察にあたっては、「神話的起源」をモチーフとした他の野田作品における時間感覚との比較を取り入れる。例えば、1990年前後の「建国神話」を扱う作品群においては、国家の神話的起源を捏造するという行為が描かれ、過去から未来へと進む直線的時間が意識的に取り入れられたのだった。それらの作品群との比較によって最終的に野田のキャリアにおける神話と時間の関係の変遷を捉えたい。