単著

滝浪佑紀

小津安二郎 サイレント映画の美学

慶應義塾大学出版会
2019年8月

「ハリウッド映画を模倣」し、独異な映画作家として歩みを進めた小津安二郎。本書は、リーチやバーチが取り組んだ形式的な日本の伝統美学に依拠する従来のテキスト分析やボードウェルの「規範」概念とは異なる視角、すなわち「動き」と「明るさ」の美学から、小津の初期サイレント映画作品におけるハリウッド映画の影響と、その映画スタイルの発生を論じ、同時にグローバルなサイレント映画美学の文脈と共有する地平を描き出す実践である。

第一部は、ローカルな文脈から、小津映画のハリウッド映画受容のコンテクスト、および松竹蒲田撮影所の他の映画監督との比較を行い、第二部では、エプスタインの論考と「自己疎外」(クラカウアー)との対比から、作品の独自性をあぶり出す。更に第三部では、1930年代に提出された「小市民映画」同時代批評をふまえつつ、「編集」と「演出」の美学への揺らぎを止揚する小津映画の「超越的瞬間」を指摘し、そのような「認めること」(カヴェル)のための空間へと誘導する小津作品の歴史的転回を記述する。

欧州の映画理論を参照しながら小津作品の軌跡を精緻にたどり、作品が反映する映画ミディアムの歴史性を「動き」と「明るさ」の観点から果敢に照射する本書の試みは、ユーザー(観客)へ「直接的」に作用するとされ、めまぐるしい「動き」を見せるデジタルコンテンツや、メディアのインフラストラクチャを考察する際にも示唆に富み、映画研究の枠をこえて幅広い射程を持っているだろう。本書で取り上げられた幾つもの概念が、「自由」の名の下に感覚を占有し経験を搾取するスクリーンやインターフェイスと、わたしたちとの関係を解釈する上での導き糸になるに違いない。

(難波阿丹)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2020年2月29日 発行