翻訳

アンリ・ベルクソン(著)、藤田尚志、平井靖史、岡嶋隆佑、木山裕登(翻訳)

時間観念の歴史 コレージュ・ド・フランス講義 1902-1903年度

書肆心水
2019年6月
複数名による共(編/訳)著の場合、会員の方のお名前にアイコン()を表示しています。人数が多い場合には会員の方のお名前のみ記し、「(ほか)」と示します。ご了承ください。

本書は、1902年から1903年にかけて、ベルクソンがコレージュ・ド・フランスにおいて行った「時間観念の歴史」を主題する講義の邦訳である。コレージュ教授就任の1900年から、代講を挟みつつ1914年まで行われたベルクソンの講義の記録は、現在、PUF(フランス大学出版局)からほぼ毎年一冊のペースで刊行されており、本書はそのシリーズの第一冊目にあたる。ベルクソン講義録と言えば、同じくPUFから90年代に出版され、その後法政大学出版局から邦訳出版されたアンリ・ユード編のものを想起する方も多いだろう。ユード編の講義がリセのカリキュラムという制約上、(基本的には)心理学や哲学の学説の紹介を重視するものであったのに対し、コレージュでの講義は、『創造的進化』の出版前後という円熟期にあったベルクソン自身の思想が十分に展開されたものであるという点を、その最大の特徴としている。そのなかでも、この「時間観念の歴史」は、ベルクソン自身の思想を基礎として(第1-4講)、ソクラテス以前の哲学者たちからプロティノスまでの古代哲学(第5-14講)およびデカルトからカントに至る近世哲学(15-19講)における時間論に一つの発展史を与えるものであり、質的にも量的にも、最も充実した講義の一つと言って良い。

ベルクソンの著作にある程度馴染みのある読者が、本書を手にとれば、その圧倒的な読みやすさにまずは驚かれることだろう。先日決定訳(杉山直樹訳、講談社学術文庫)が出版された『物質と記憶』が典型的だが、ベルクソンの著作には、(個々の文やパラグラフ単位の意味は比較的取りやすいものの)全体の論理が非常に追いづらいという特徴がある。それは、彼が思考の突端でどうにか言葉を紡いでいることの証左でもあるのだが、同時に、その思想を理解しようとする者にとっての障壁になっているようにも思われる。その点、講義のベルクソンは、聴衆が——学生であれ、一般の人々であれ——議論を辿れるように明らかに配慮しているため、本書の読者は、自分も一人の聴衆であるかのように、彼の思考の流れを掴むことができるだろう。ベルクソン哲学だけでなく、広く哲学一般に関心のある多くの人々に手にとっていただきたい一冊である。

(岡嶋隆佑)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2019年10月8日 発行