ART SINCE 1900 図鑑1900年以後の芸術
『ART SINCE 1900』の初版は2004年。1900年以後の美術史を編年体で綴る構成の網羅性と図版の豊富さに加え、いわゆる「オクトーバー派」の論客が繰り広げる記述の多彩さと密度によって、出版以来、包括的な現代美術史読本として高く評価され、大学等の教育現場においても、現代美術の記述・批評の方法を学ぶ格好の教科書として受け入れられてきた。序章部ではハル・フォスターは精神分析、ベンジャミン・H・D・ブークローは社会史、ロザリンド・E・クラウスはフォーマリズムと構造主義、イヴ−アラン・ボワはポスト構造主義と脱構築というように、各執筆者が自身の方法論的関心を表明・解説し、本文の導入を構成するが、そうした四者の論点の差異そのものが、1980年代以後の美術史の問題意識の拡張をよく伝えていて興味深い。
さて、今回の日本語訳は、2011年の原著第二版をさらに改訂した2016年発行の第三版を底本とするものである。初版との明らかな相違はタイムラインの伸張であるが(2015年まで)、合わせて見逃せないのは、新執筆者デイヴィッド・ジョーズリットによる項目加筆である。序章部に加わった「グローバル化、ネットワーク化、形式としてのアグリゲイト」において、ジョーズリットは、日本画や韓国の単色画、第3回ハバナ・ビエンナーレ(1989年)などに触れながら、「ひとつではなく多数の歴史」、トランスローカルな異種混淆性を語り、アグリゲイトという用語で、特異な諸要素の差違を保持した連結・連帯の可能性を強調する。
この追補は、900頁に迫る本書のヴォリュームからすれば、ごくささやかなものだろう。しかし、その広がりのある視点が、翻って、先の四人の執筆者による美術史の「拡張」が、実は欧州・北米域内のそれであったことをあらためて教えてくれる(イヴ−アラン・ボワが日本の具体とブラジルの新具体主義を取りあげているのがほとんど唯一の例外である)。このことはそもそも今世紀の芸術の急速なグローバル化によって逆照射される事実であり、四人の恣意でもないのだが、いずれにせよ、五人目の著者が先行者の記述の外部を示して、本書の体系性を内部から揺さぶってみせることは重要だろう(アグリゲイター化)。このこともまた、読み継がれ、書き継がれる本書の大きな特徴、長所と言ってよい。
周知の通り、今日の日本では、国際・地域芸術祭の流行・浸透によって、現代的な芸術活動が専門的・学究的な世界を越えて、多くの人々を当事者化しつつ、各地で実践されている。同時に、そうした営為の背景を知り、それを文脈化するための知・言葉の共有が強く求められる状況もある。『ART SINCE 1900』日本版がそうした関心・必要の増大に応じるひとつのリソースとしても広く活用されることを強く願っている。
(金井直)