翻訳

C・G・ユング(著)、ソヌ・シャムダサーニ、ウィリアム・マクガイア(編)、河合俊雄(監訳)、猪股剛、小木曽由佳、宮澤淳滋、鹿野友章(翻訳)

分析心理学セミナー1925 ユング心理学のはじまり

創元社
2019年6月
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本書は、50歳になったばかりのユングが、チューリッヒにおいて1925年に行った英語のセミナー記録であり、「ユング心理学の最も明快な入門書」とされるものである。1921年の『心理学的タイプ』の出版によって世界中から称賛の声が上がり、ユングの元に英語圏の訪問者が増える中、はじめてまとまった形で、また平易にユングがその心理学を解説したのが本書の大きな特徴である。

本書の内容を見ると、一つには、ユングが『赤の書』に記した自己体験をこのセミナーで自ら解説し、それがどのような作業と思索を経て、ユング心理学の理論となっていくかを伝えている点に大きな特徴がある。二つ目に、フロイトの理論が「抑圧」を中心概念とし、意識的現実を重視したのに対し、ユングはむしろジャネやフルールノワを引き継ぎ、「解離」を中心概念として、現実の多層性を重視したことが分かるのも、本書の特筆すべき点だろう。三点目として、20世紀初頭の帝国主義的情勢の中で、ヨーロッパ人が自国の文化圏を踏み出ることで、他国の文化や他性と出会い、それによって従来の意識の安定性が崩れ、そこから無意識の心理学が始まっていることが明らかにされている点も興味深い。最後に、本書でユングは繰り返しアートと心理学の近接性を論じており、アートを心理学の対話者として重んじ、科学的な理論化よりも、現実を知り、現実に関わり、現実と共に変化していく作業をアートとの対話から導き出している点にも見るべきものがあろう。

こうした観点からも、本書はユング心理学を新たな観点から読み直すことのできる良書であり、多くの読者からの批判的検討が待たれるものである。

(猪股剛)

広報委員長:香川檀
広報委員:白井史人、原瑠璃彦、大池惣太郎、鯖江秀樹、原島大輔、福田安佐子
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2019年10月8日 発行