裸のヘッセ ドイツ生活改革運動と芸術家たち
ノーベル文学賞受賞者、反戦作家、ズーアカンプ社の影の立役者、あるいは『車輪の下』や『少年の日の思い出』に(主に国語の教科書で)触れた日本の読者にとっては〈青春物〉の作家・・・このようにヘルマン・ヘッセほどさまざまな修飾語に彩られる作家はめずらしいかもしれない。本書が浮き彫りにするのは、このような流布したイメージとは一線を画すヘッセの姿である。
いささかセンセーショナルな表紙写真、つまり岩山で一糸まとわぬ引き締まった体を披露するヘッセの姿に象徴されるように、幼少から心身ともに病弱な傾向があった彼は、菜食主義・裸体文化・禁酒禁煙を旨とする生活改革運動を一時期実践していた(もっともこの健康主義を生涯貫いたわけではない)。その聖地と言うべきは菜食者コロニー「モンテ・ヴェリタ(真理の山)」である。本書ではこの時期のヘッセの生活が、息子ブルーノと遊ぶこれまた裸体の写真なども織り交ぜて詳述されている。
とはいえこの「裸」とは、ヘッセの肉体そのものだけを指すわけではない。本書の試みは、作家個人に関わる伝記的情報を紹介するに留まらず、『生活改革家』『ペーター・カーメンツィント』『デミアン』をはじめとした物語世界を読解することによって、ヘッセという作家じたいをいわば丸裸にすることである。グスト・グレーザーをはじめとした、これまであまり明らかとされてこなかった交友関係が紹介されることで、ヘッセと生活改革運動の関係、そして作品に及ぼした影響が豊富な資料をもとに精緻に分析されているのである。読者は筆者の明快な筆致によってヘッセからベールを解かれてゆく過程を体験することになるだろう。
なお、19世紀後半から20世紀初頭にかけての裸体文化の思想的射程や歴史については、筆者の『踊る裸体生活——ドイツ健康身体論とナチスの文化史』(勉誠出版、2017年)を併せて参照されたい。
(田邉恵子)