お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門
マザーグースの歌の一節をもじったタイトルが愉快な本書は、著者がウェブメディアwezzyの連載で執筆した批評文を中心に、書き下ろしを加えて書籍化したものである。軽妙な筆致で綴られた批評の数々では、シェイクスピアの戯曲、ヴィクトリア朝時代の文学、近年の映画やドラマまで、さまざまな文芸作品が縦横に参照される。作品の題名だけ並べてみれば一見ランダムに並べられたかのような印象を持つかもしれないが、これらの批評がいずれも「フェミニズム」という視点に貫かれているのが本書の特徴だ。ジャンルにこだわらず多様な作品を取り上げることにより、フェミニスト批評の射程の広さを実証している。
また本書は、楽しく読みやすい批評集であるのみならず、読者に批評の実践をうながす啓発の書でもある。たとえば、一般に称賛されている作品に違和感をもつことは異常ではなく、その違和感に向き合って言語化することで問題点を明確にできること。またあるいは、好きな作品でもとりわけ気になる箇所を突き詰めることで、さらに深い楽しみ方が可能になること。このような、批評によって開ける多様で奥深い作品の味わい方を、読者に具体例とともに提示しているのだ。各章の末尾に締めくくりの一文として添えられる「~を読んでみてください」「~してみるのも楽しいですよ」といった穏やかな誘いのフレーズが、批評世界の入り口に立った読者の背中をそっと押してくれるだろう。
「お砂糖」や「スパイス」は、食べ物のおいしさを引き立てたり、喉を通りにくい苦みを和らげてくれたりするものだ。文芸作品に対する批評もそれに似ている。さらに、批評の良いところは、こうした味の調整が、食べる側の裁量にゆだねられているところ。ある特定のテーマを際立たせてみたり、歴史背景に照らして馴染ませてみたり……作品という料理に対し、どんな味を足して楽しんでもいいのである。もちろん、「爆発的な何か」を加えて、刺激的な作品にしてしまうのもアリなのだ。
(古川萌)