単著
文身 デザインされた聖のかたち 表象の身体と表現の歴史
ミネルヴァ書房
2019年5月
白川静『字統』曰く、「文」という字は正面を向いた人の胸部にイレズミ/文身が施された様子のかたどりである。「文身」を現代のイレズミ研究としては珍しく徹頭徹尾用いる本書の語用が、筆者の視座を何よりも雄弁に語るのではないだろうか。
本書は日本のイレズミにまつわる、古代の黥面の線刻における顔面彩色や装飾あるいは髭等の表象との区別、日本人の多民族性や身分階級、そして沖縄・アイヌの本州同化政策の歴史と政治的言説などといった人文諸学における問題をいったん捨象し、ひたすら文、すなわち文書、文字、文様に刻み込まれたイレズミと身体を読み解くものである。二部構成だが議論は三段階あり、まずは白人を頂点とした西洋の人種観に引きつけてイレズミが日本人という野蛮な黄色人種の身体の烙印とされた様を提示し、次に古代や中世を主に日中の書物の言葉を分析することでイレズミ本来の聖性を述べ、その主張は出土品の文様を筆者が独自に整理することによって強化される。イレズミを烙印と穢す行いを政治的操作の賜物と否定し、聖なる古代の神と結びつけ直すことがこの書物の要であろう。
「文」の源となった古代中国のイレズミ習俗は、人の生誕=聖と葬送=穢れのいずれをも引き受けていた。時の経過と人間の作為がイレズミやその解釈をどう変質させるのか、今一度振り返らなければならない。
(大貫菜穂)