《悪魔のロベール》とパリ・オペラ座 19世紀グランド・オペラ研究
本書は2016年に上智大学で行われたシンポジウムをきっかけに構想された学際的な研究書である。この時の発表者(澤田・黒木・安川・岡田/敬称略)はそれぞれ仏文学と音楽学を専門としていたが、さらに独文学、美術史、建築、比較文化等を専門とする執筆陣を加え、「悪魔のロベール」という共通の素材を多角的に検証することで、19世紀という時代を、フランス・パリを中心に「読み直す」ことを目指している。
「オペラの書」としてみれば、日本ではこれまで書かれなかった部分、ほとんど上演されなかったレパートリーに光を当てているため、今日の鑑賞に直結するわけではない。しかし、1831年にパリ・オペラ座で初演されたマイヤベーアの《悪魔のロベール》に19世紀の人々が熱狂していたという証拠は、バルザックの小説から、ブームの終焉をも漂わせるドガの絵画まで、数限りなくある。「悪魔」表象やゲーテ『ファウスト』との関連も興味深い。すでに欧米では研究と上演の両面から、このベルリン出身のユダヤ人作曲家マイヤベーアに対する今日的関心が高まっているが、日本においては、本書がグランド・オペラ(グラントペラ)とマイヤベーアに特化した初めての研究書であり、また日本人の関心に沿った独自の視点で編集・構成されている。全体は音楽に焦点を当てた第1部、音楽以外の文化的視点から論じた第2部、そしてパリ・オペラ座をクローズアップした第3部からなる。この第3部には、1820年~90年にパリ・オペラ座で初演されたオペラ作品一覧も掲載している。
さてグランド・オペラとは何だったのか。本書を隅々まで読んでいただければ、それが芸術家たちの野望を一身に集める巨大な何かであり、輝かしい王権の残像であったことが見えてくるだろう。その衰退の過程もまた、19世紀という時代の特殊性を浮き彫りにし、オペラという芸術を媒介とした、20世紀と21世紀の新たな理解へとつながる。
(安川智子)