展覧会・シンポジウム 朝日会館と京阪神モダニズム──戦前・戦中・戦後
イベント概要:
〇研究発表・シンポジウム
日時:2018年12月2日(日)10:00~17:00
場所:大阪大学豊中キャンパス 大阪大学会館 アセンブリー・ホール
主催:朝日会館・会館芸術研究会、共催:大阪大学総合学術博物館、大阪大学文学研究科
挨拶:研究会代表 前島志保(東京大学)
研究発表パネル1:「朝日会館における越境 モダニズムとジャンル」
白井史人(日本学術振興会)「朝日会館・『会館芸術』にみられるジャンル間の交流」
大森雅子(海上保安大学校)「朝日会館におけるロシア文化の受容──演劇と美術を中心に」
司会:山上揚平(東京藝術大学)
研究発表パネル2:「朝日会館における動員と大衆」
中尾薫(大阪大学)「朝日会館で能楽を上演する意味」
紙屋牧子(国立映画アーカイブ)「戦前・戦時期の大阪朝日会館における映画上映」
中村仁(桜美林大学)「「聴衆の組織化」のはじまり──朝日会館とAGOT(朝日学生音楽友の会)」
司会:岡野宏(東京大学)
関連映画参考上映会(『朝日は輝く』(1929)、他) 解説:紙屋牧子、白井史人
挨拶:中尾薫
講演:橋爪節也(大阪大学)「アートアイランドの100年──文化芸術発信拠点としての中之島」
シンポジウム:「文化装置としての朝日会館・『会館芸術』」
岡野宏「朝日会館で働いた人・組織」
前島志保「<會舘藝術>の変遷から考える──文化の大衆化からグローカリゼーションまで」
山本美紀「朝日会館の子供対象事業──メディアが築く福祉的・重層的つながり」(奈良学園大学)
山上揚平「「会館文化」の地方展開──京都朝日会館と名古屋朝日会館」
コメント:橋爪節也
司会:中村仁
〇展覧会
会期:2018年11月29日(木)~12月9日(日)〔10:00~17:00開館〕
場所:大阪大学豊中キャンパス 大阪大学会館 歴史展示室・セミナー室1,2
※本シンポジウムおよび展覧会は2016~18年度科学研究費補助金(基盤研究C:16K02301)「「朝日会館」を巡る文化活動の記録化とその歴史的影響の分析」(研究代表者:山上揚平)を受けています。
かつて中之島に在り、関西モダニズムを牽引する文化的役割を果たした総合文化施設「大阪朝日会館」と、その機関誌であり近代日本の先駆的な総合芸術雑誌とも見做せる『会館芸術』*1を巡る大規模な学術的イベントが、そのお膝元たる大阪の、阪大豊中キャンパスにて開催された。
*1 厳密には雑誌『會舘藝術』は戦中、戦後に数回改題を行っているが、本稿ではそれらを総称して『会館芸術』と呼ぶ。
主催の「朝日会館・会館芸術研究会」は東京大学総合文化研究科の院生、卒業生を軸に様々な大学・研究機関に所属する研究者によって2011年終わりに始動した研究会であり、是までにも東京(東大駒場キャンパス 2015)、大阪(朝日新聞大阪本社アサコムホール 2015)にて研究報告を行ってきた。またその活動の成果は雑誌「会館芸術」復刻版(ゆまに書房 2016- )の刊行という形にも結実している。今回のイベントは2015年3月に駒場で行われた展覧会・シンポジウム「會舘の時代──中之島に華開いたモダニズムとその後」*2の増補・発展版を、まさに関西モダニズム研究の本拠地にて問うという意味を持ったものだった。
*2 当イベントに関してはRepre 25号に高山花子氏によって報告が寄せられている(https://www.repre.org/repre/vol25/topics/02/)。また前島志保氏による「教養学部報」第575報の記事(http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/575/open/575-01.html)も参照されたい。
大阪大学会館内、総合学術博物館歴史展示室及びセミナー室にて10日間の会期で行われた展覧会では、大阪朝日会館の活動と、雑誌『会館芸術』の歴史を多角的に捉える解説・写真パネル50余点に加え、『会館芸術』現物や会館催物のプログラム、チラシ、半券等の貴重な資料が多数展示された。更には、音楽セクションでは朝日会館出演音楽家の同時代の録音が試聴できるCDブースが、そして映画セクションでは往時の朝日会館の姿が確認できる大阪朝日新聞社委嘱の宣伝映画『朝日が輝く』の上映コーナーが設置されるなど、会館の活動を可能な限り立体的に提示しようという意図が見て取れる構成となっていた。2015年の駒場博物館での展覧会と比較すると、展示スペース自体はやや縮小されたものの、スポットが当てられる催物ジャンルやトピックの多様化に研究の進展を見ることが出来よう。そして、その様な進展の方向性は、対になる企画である学術シンポジウムの内容にも反映されていたと言える。
展覧会会期中の最初の日曜日、同じ大学会館内のアセンブリー・ホールにて開催された研究発表・シンポジウムでは、「朝日会館・会館芸術研究会」メンバーの9名による研究報告に加え、関西モダニズム研究の第一人者である橋爪節也大阪大学教授の講演や、休憩時間を利用した参考映画上映会などが行われた。
午前中の研究発表では、主に朝日会館を舞台に催された各種公演に関して、各ジャンルの専門家による文化史的意義付けが試みられた。例えば、能楽の近代化と普及に於ける「会館能」の役割や、演劇、美術、絵本などを通したロシア文化受容の窓口としての会館の役割への注目。或いは戦時の映画界における会館映画企画の独自性の指摘や、戦後の労音や民音に繋がる聴衆の組織化の流れと会館音楽事業との関連についての考察。そして、これら異なるジャンル間の交流と混交の場としての会館の役割の分析、等々。これまでは専ら洋楽、舞踊等における海外一流アーティストの招聘公演ばかりが注目され勝ちだった朝日会館の催物事業に関して、何れも新しい視点からの会館の意義付けを図るものであったと言えよう。
一方、午後のシンポジウムでは、雑誌『会館芸術』の総体に対する分析や、会館の運営母体である社会事業団についての調査報告、及び事業団の関連福祉事業や朝日会館の地方展開に関する紹介などがなされ、会館を中心に展開されていた文化活動をより包括的なコンテクストで理解、評価する為の議論の土台が整備された。そして、その様な広い視野での文化史的意義付けを考えるにあたっては、シンポジウムに先立って行われた橋爪氏の講演は、朝日会館に限らず当時の中之島全体が文化芸術の発信拠点として、関西文化の中心と言うローカルな文脈を超えて世界最先端の文化が集う場であったという認識を示すものであり、研究会側の発表には欠けていた重要な視点や情報を補う意義深いものであったと言える。またシンポジウムの終わりには、これは予めプログラムされたものではなかったが、かつて足繁く会館に通われ、今回の展覧会にも当時の貴重な資料を多数提供して下さっていた肥田哠三氏がマイクをとられ、興味深い体験談や新しく入手された資料などをご披露された。この様な有意義な番狂わせも地元ならではであり、企画を東京から遥々運んできた甲斐があったというものであろう。橋爪氏や肥田氏に限らず、全日の締め括りであるフロアを交えた質疑応答では、続々と地元の研究者、識者の方から質問や鋭い指摘が相次ぎ、議論はその後、会場内で行われた立食パーティーまで持ち越されることとなった。
最初に述べたようにこの一連の企画は、東京を中心に活動してきた研究会による、いわば「外側」からの目によってなされた関西モダニズム文化再考の成果を、あらためて関西の地に於いて問うという意義を持っていた。この会場でなされた活発な意見の交流はその試みがもたらした最大の成果であっただろう。今回のイベントを通して成されたことは、第一にこの様な研究の進展には内と外と両者の視点の交流がやはり不可欠であるという半ば当たり前のことの再確認であり、むしろもっと早くにこの様な機会が設けられるべきだったのかもしれない。が、何れにせよここで始まった東西研究者の交流が、今後この分野の研究に更なる飛躍をもたらすことを期待したいと思う。
(山上揚平)