ウンベルト・エーコの世界文明講義
2016年に逝った著者が晩年の10年余にわたって行った文学・文化・芸術祭における講演録である(原著は、Umberto Eco, Sulle spalle dei giganti_ Lezioni alla Milanesiana 2001-2015, La Nave di Teseo, 2017. 『巨人たちの肩に乗って──ミラネジアーナ・フェスティバル講義 2001-2015』)。
シャルトルのベルナールものとされる箴言「巨人たちの肩に乗って」を手がかりに、巨人の肩に乗れば遠くが見渡せるとされる小人のありようを、人類の歴史をたどりながら、果たしてその箴言は真実なのか、そもそも誰がどちらが「巨人」なのか「小人」なのかが、全巻を通して、古代から現代の芸術までを俎上に載せ検討され、最後にはわたしたちがいま在る地点から視界をどちらにどのようにしてひらくべきかが示されるという仕組みだ。
ここには15年を掛けて著者が関心を抱き、小説をふくむさまざまな著作で発表してきた主題が、種明かしもしくは予告として語られている。文明の根源、移ろいやすい美の規範、真実へと変貌し歴史を変える嘘、払拭できない陰謀、名作や古典とよばれる小説作品の主人公たちの両義性と象徴性、芸術のさまざまなかたち、アフォリズムとパロディ──晩年のエーコがなにをどこをみつめていたか、その途方もなくひろい視界になにがどんなふうに映っていたかがよくわかる。
(和田忠彦)