隈研吾という身体 自らを語る
本書は「身体」あるいは身体性をキー概念として、隈研吾の作品と建築思想を読み解く試みである。隈自身の言葉と隈へのインタビューが本書の主要な骨格を形作っており、文字通り建築家の息遣いを感じられるような直接性を、随所に読み取ることができる。
本書の構成は、基本的には隈の人生をほぼ時系列順に追っていくというものだが、特筆すべきは、日本におけるポストモダン建築の代表作であり、隈の名前を一躍知らしめることになった《M2》のような1990年代初頭の作品が、ほとんど語られない点である。むしろ著者が注目するのは、隈が独立して間もなく迎えたバブル崩壊、そして高知県梼原(ゆすはら)町のような地方でのプロジェクトを通じて生じた、コンクリートから木へのパラダイム・シフトだ。
隈の建築思想の転換の萌芽は、彼が高校生時代に経験した大阪万博への幻滅にすでに認めることができる。そしてポストモダニズム建築の商業主義や、レム・コールハースの「ビッグネス」の建築と対峙することによって、隈はヒューマン・スケール、身体性を呼び起こす素材や場所との結びつきに、徹底してこだわるようになる。本書が掘り下げていくのは、隈のこの建築思想の転換のプロセスと背景に他ならない。
さらにその過程で、隈研吾のある種の「逆説」が次第に明らかになっていく。手=スケッチではなくコンピュータでゼロから設計することによって生み出される、触覚的空間。新しい素材を用い、慣習的なルールを破ることによって可能となる、伝統建築との連続性。そして「建てる」ことへの疑いと反省によってもたらされた、国立競技場をはじめとする巨大コンペでの勝利。これら一見すると矛盾ともとれる建築家の創作と思想のねじれを、本書は隈の言葉を手掛かりに解きほぐしていくのである。
(本田晃子)