異議申し立てとしての宗教
本書は、米国コロンビア大学において「サイードの遺産〔レガシー〕」をたしかに守り続けている人文学者ゴウリ・ヴィシュワナータンの仕事を本邦ではじめて本格的に紹介する、日本語版オリジナル編集による論文集である。
サイード的な「文化と帝国主義」の問題系から出発し「英文学は植民地インドで誕生した」という新説でデビュー(『征服の仮面』(1989))したヴィシュワナータンであるが、恩師サイードのエピゴーネンとなることはなく、むしろその「世俗批評」に内在する「世俗/宗教」という世俗主義的二項対立を批判的に代補するかたちで、〈宗教的なるもの〉が孕む批評的=危機的モメントの研究へと進む。その最たるものとして「改宗」に着目したのが次著『群れをはなれて』(1998)で、アンベートカル(「不可触民〔ダリト〕」解放の指導者でインド憲法起草者)が率いた仏教への集団改宗やラマーバーイー(フェミニズムの先駆者)のキリスト教への改宗といった「宗教的」行為が、逆説的にも「世俗批評」的〈異議申し立て〉の根拠となることを論証した。さらにその後は、神智学・オカルティズム・ヴェジタリアニズムといった「スピリチュアル」な運動のうちに、西洋キリスト教的世俗主義とは異なる、異他=異端的でオルタナティヴな知の系譜を見いだし、世俗社会へのラディカルな批評性を読み取る作業に取り組んでいる。
著者と訳者のあいだの話し合いを通じて独自に編まれた本論集は、各部に付された懇切な「解題」と50頁におよぶ「巻末インタヴュー」を備え、独創的かつ豊饒なヴィシュワナータンの人文学的探究の歩みが一望できるものとなっている。
参考URL https://www.msz.co.jp/topics/08662/
(三原芳秋)