翻訳
新訳ベケット戯曲全集2 ハッピーデイズ 実験演劇集
白水社
2018年9月
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本書は刊行中の『新訳ベケット戯曲全集』(全四巻)の二巻で、一九五八年から一九八四年までに発表されたベケットの劇作品すべての新訳を収録している。ベケットにとって一九五〇年代後半は、テープレコーダーやラジオなどのメディアを演劇表現に組み込むことによって、演劇の前提(現前性、身体と声の連続性、動作とセリフの連動性、舞台空間など)を問いながら、その表現の刷新を試み始めた時期だった。本書を通読することで、その問いを起点としたベケットの徹底的な芸術表現の探求の軌跡をたどることができる。
世界的にみると、ベケットはますます読まれるようになってきている。このことは、その作品が言語や文化の壁を越えて人間に共通する存在の諸問題を、ユーモアやアイロニーを交えながら魅力的かつ明晰に作品化していることの証左だろう。だが日本では、ベケットの作品には抽象的というイメージがいまだにつきまとっており、敬遠されがちだ。とはいえ、そのような読者こそが、この新訳の宛先であり試金石でもあるだろう。現代の日本語にアップデートされた語彙や語尾、カタカナ語を交えたテンポよいリズム、登場人物の性格づけによって訳し分けられた特徴がありながらもより自然な口調は、ベケットの戯曲を初めて読むような新鮮さと親しみやすさを感じさせてくれる。
(木内久美子)