プラハ、二〇世紀の首都 あるシュルレアリスム的な歴史
本書はチェコの首都プラハを中心に据え、シュルレアリスム運動を起点に文学、美術、音楽、映画、舞台、建築とあらゆる文化領域を横断し、20世紀前半のヨーロッパの文化史を600頁近くにわたって描き出す大著である。ムハ(ミュシャ)、カフカ、アポリネール、コルビュジェといった誰もが知る作家たち、そしてネズヴァル、ヴォスコヴェツとヴェリフ、イェジェクなど、日本では必ずしも広く知られているとはいえないプラハの芸術家たちのエピソードが縦横無尽に積み重ねられ、モダニズムの群像劇が織りなされる。
序章にある通り、本書のコンセプトはベンヤミンの『パサージュ論』に拠っている。ベンヤミンがモダニティの前史、目覚めの前の「夢」の様相をパリという都市を通じて描いたのに対し、セイヤーはポストモダンの前史としてのモダニティを、プラハを語ることで描き出そうとする。度重なる体制転換を経験したプラハは、民主主義、ファシズム、そして共産主義という20世紀の3つのイデオロギーの内で、あらゆるモダニティの夢が交錯した都市であった。輝かしい「進歩」とユートピアのヴィジョンが夢見られ、それが結局は全体主義という顛倒した帰結へと向かった場所であるプラハの歴史に、セイヤーは「黒いユーモア」を見る。そのまなざしはシュルレアリストの視座、そしてハシェクやチャペックを輩出したチェコの人々の視座に重なる。そこから見える近代史の姿は、西欧やアメリカを中心として語られるそれとはまったく異なるものだ。
(河上春香)